分の鬱をありのまま映したい

博士 この映画が面白いのは、監督が最初に出てきて「僕の奨学金をチャラにしてほしい」と言う。そこから始まるんだよね。カメラは神視点ではなく、監督の主語がきちんとある。

ボクの選挙に興味をもったのも、自分の奨学金の借金をチャラにしてくれるかもという期待もあるんです。政治や選挙を撮ろうとするドキュメンタリーの監督は、あまり個人の視点から描くことはしないですよね。でも、自分事として一本スジが通っている。

映画の冒頭は、青柳監督の「僕の奨学金をチャラにしてほしい」と政治に対する個人的な思いを吐露するところから始まる(『選挙と鬱』より。©ノンデライコ/水口屋フィルム)
映画の冒頭は、青柳監督の「僕の奨学金をチャラにしてほしい」と政治に対する個人的な思いを吐露するところから始まる(『選挙と鬱』より。©ノンデライコ/水口屋フィルム)

青柳 僕も自分事で動いている人たちは信頼できると思うので。僕が選挙中いちばん印象に残っているのは、博士さんが鬱の人と対話するシーンです。

そこで、鬱は散歩するのがいいとか話されていて。僕も、ニュースでコミュニケーションが苦手な人が、リハビリとして散歩がてらにウーバーをやるというのを目にしていたので、博士さんから相談があったときに、いいですねと言ったんですよね。

写真/集英社オンライン
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博士 そうそう。鬱の時はトイレや風呂に入るのでも大変なんだけど。でも、休職中も自分のそういう状況をYouTubeに上げようと考えたりもしたんだよね。

ただ、歳費をもらっているのにと世間に言われるだろうかとストップしたけど。そういう意味では自分の鬱をありのまま映したいというのは、ずっとあったね。

青柳 撮られることで演じてしまう自分もいるわけだから、本当に鬱なのかどうかわからなくなるというパラドックスに陥りかねないんですよね。とても悩みましたが、撮らないという選択をしました。

博士 確かに、鬱を映す自己承認願望はどこにあるのかということですよね。ボクは過去3回は「体調不良」と発表してきたんだけど、鬱もどきを含めて、精神的体調不良になったのは4回目。

過去の発表の時は、子供たちがまだ小さかったから公表はしなかった、でも今回は子供がみんな15歳以上だったから、ママ(妻)が「人間には精神というのがあって…」と子供たちに説明していたのも聞いたし。だから公表できたんだけど。

ただ、いま、自宅の俺の部屋の入口に『選挙と鬱』の大型のポスターを貼ってあるんだけど、下のふたりの子は、父親が水道橋博士であることが、学校でバレてないから、「友だちを連れて来られない」と言われて、ポスターは剥がしたな(笑)。

〈後編へつづく『「青島幸男型の選挙をやりたかった」水道橋博士、2022年参院選出馬、の舞台裏』

『選挙と鬱』 6月28日(土)より ユーロスペースにてロードショー

なぜ水道橋博士は議員辞職し、ウーバー配達員になったのか…自分のありのままを映した映画『選挙と鬱』で語る3年前の夏の出来事_9

「オレ、もう終わっちゃったのかな?」
政治家として、誰かのために生きること
鬱病を経て、まず自分のために生きようとすること
民主主義のもとで生きる全ての “私” たちと繋がるポリティカルドキュメンタリー

偶然にも選挙の“従軍カメラマン”となり選挙活動チームに加わりながら密着撮影したのは『東京自転車節』の青柳拓。持ち前の人懐こいキャラクターを活かしチームの一員となった青柳監督は、内側から選挙活動のディテールを描き出した。一方、水道橋博士の鬱病による休職~辞任とその後も追い続けたことによって、数多の選挙ドキュメンタリーとは一線を画す人間ドラマとして本作を完成させ、個人視点から社会を浮かび上がらせる作家性を本作でも発揮。一人の芸人のチャレンジを通して、政治家の根幹である“誰かのために生きること”、一方で鬱病というキーワードから垣間見える、現代社会で重要な“自分のために生きること”を同時に問いかける、私たちのポリティカルドキュメンタリー。

監督・撮影:青柳拓
出演:水道橋博士、町山智浩、三又又三、原田専門家、やはた愛、大石あきこ、山本太郎ほか/撮影・編集:辻井潔/音楽:秋山周/構成・プロデューサー:大澤一生/製作:水口屋フィルム、ノンデライコ/配給・宣伝:ノンデライコ
HP: senkyo-to-utsu.com

構成/朝山実