第二の野球人生へ向けてすべきこと

今年4月に退院してからは体調も安定しているという佐野さん。トレーニングも再開し、1日平均8000~9000歩は歩けるようになった。「今度は絶対にノーバン投球をします!」と鼻息はあらい。

「始球式がうまく投げられるようになったら今度はキャッチボールができるようになりたい。その次は打者相手に投げたい。それができればエキシビジョンゲームでマウンドに立つ機会をもらえるかもしれないでしょ?

そうやって第二の野球人生を切り開けていきたいと今は思ってます」

出版した自著『右腕を失った野球人』には野茂氏や別れた家族への思いも綴られている。「本当は書くつもりはなかったんです。でも次、大きな病気をしたら体が耐えられるかわからない。そうなったとき、野茂や家族に何も伝えないまま…というのはイヤだったから」
出版した自著『右腕を失った野球人』には野茂氏や別れた家族への思いも綴られている。「本当は書くつもりはなかったんです。でも次、大きな病気をしたら体が耐えられるかわからない。そうなったとき、野茂や家族に何も伝えないまま…というのはイヤだったから」

仕事はしなくてはいけない。さらに野茂氏への借金の返済も残っている。この騒動については、「ほとんどしゃべれることはありません」と口は重いが、公私でお世話になった親友に不義理をしたままではいけないという強い気持ちがあるという。

「そのためなら一般職でも、新聞配達でも何でもやるつもりです。でも、やっぱり僕は野球人。働くうえでそれが一番の武器かなと思ってます」

ゆくゆくは野球教室を開いて子どもたちに野球の楽しさを伝えたいと語る佐野さん。野球を通じて社会と関わることが、自身を育ててくれた野球への恩返しだと確信している。

「どんな境遇になろうと野球人でい続けたい」
「どんな境遇になろうと野球人でい続けたい」
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取材・文/武松佑季
撮影/榊智朗