アイヌにとって舟はもっとも重要な移動手段

アイヌにとって舟は現代で言えば自動車に相当する、重要な道具でした。昔は道と言っても、舗装された道路などほとんどありませんし、馬も一般の人は持っていなかったので、重いものを運ぶためには舟が重要な役を果たします。

もちろん漁をする時にも舟は必需品です。『ゴールデンカムイ』にも、いろいろな場面で、さまざまなスタイルの舟が登場します。

川で使う一番基本的な形のチㇷ゚「丸木舟」が登場するのは6巻49話で、キロランケが竿を使って漕いでいます。丸木舟はカツラなどの木をくりぬいて作りますが、本音を言うと49話の舟は、近年作られた舟をモデルにして描かれたもので、ちょっと全体的にごつい感じです。

『ゴールデンカムイ』6巻49話より(©野田サトル/集英社)
『ゴールデンカムイ』6巻49話より(©野田サトル/集英社)
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昔の舟の写真や動画などを見ると、よくこれで沈まないものだと思うくらい、薄く削られ、幅も細く作られています。

このような舟に立ったまま乗って、川を行き来するだけでなく、マレㇰ「鉤銛(かぎもり)」を突いて鮭を捕るというのは、相当なバランス感覚と技術が必要だと思われます。それでマレㇰ漁が行われなくなって以来、だんだん厚みのある、幅の広い安定した舟の形に変化していったのでしょう。

1925年に八田三郎(はったさぶろう)という人が撮影した、千歳川での丸木舟の映像があります。現在よりずっと水量が多くて、川の流れも速そうな千歳川の急流を、舟の舳先(へさき)に突っ立ったまま微動だにせずアイヌの男性が下って来る様は、まさに神業です。

かつては、舟で川を下るだけでなく、竿を使って川を上って行ったそうです(どうやってそんなことができるのか、聞いただけではよくわからないのですが)。さらに舟では進めないくらい川が浅くなってきたら、舟を担いで山を越え、山の向こう側の川に下ろして、川を下って行ったのだといいます。

つまり舟は人が担いで歩けるぐらいの重さでなければならなかったのです。だから舟側や舟底をできるだけ薄く削る必要があったのでしょう。現在、資料館などに飾られている最近作られた丸木舟の多くは、クレーンで持ち上げてトラックで運ばなければ移動できないような重さです。