カジキマグロ漁の過酷さを伝えるアイヌの物語
「神謡」の中のひとつに、トゥスナパヌというサケヘ「リフレイン」を持つ、カジキマグロの話があります。
ある日、海の上で日向ぼっこをしていた私(カジキマグロ)のところに、オキクㇽミとサマユンクㇽがやってきて、自分の家に客として来てくれるよう丁寧にお祈りをしながら、キテを投げてきました。キテは私の体に刺さりましたが、そのまま私は舟を引きずり回し続け、ついにサマユンクㇽは疲れ果てて死んでしまいました。
すると、オキクㇽミは怒りを顔に現し、「このキテの銛先は鉄と骨でできているので、お前の腹の中から鉄を叩く音、骨を削る音が続くだろう。キテをつなぐ綱はイラクサでできているので、お前の体からイラクサの叢(くさむら)が生えてくるだろう。そして、柄はシウリザクラでできているので、お前の背中からシウリザクラの林が生えてお前は動けなくなってしまうだろう」と言い残して、去って行ってしまいました。
私はたかが人間の言うことと思って、腹の底で笑って聞き流していましたが、そのうちに腹の中から鉄を叩く音、骨を削る音がやかましく響き、背中からイラ クサやシウリザクラが林となって生えてきて、泳ぐこともできなくなり、浜に打ち上げられてしまいました。
するとカラスやキツネが集まってきて私の肉を食べ、私の体におしっこやうんこをひっかけました。そこにオキクㇽミがやってくると、私の上あごの骨を便所の底に沈め、私の下あごの骨を便所の踏み板にしたので、私は来る日も来る日もおしっこやうんこのくさいにおいを嗅いで過ごさなければならなくなりました。
だからこれからのカジキマグロたちよ。人間の言うことは素直に聞かなければいけないよ。
(金田一京助『アイヌ叙事詩ユーカラの研究』1931年より、中川が要約)
オキクㇽミとサマユンクㇽというのは神謡によく登場する人物で、地域によってオキクㇽミはオキキㇼムイやオキキㇼマ、サマユンクㇽはサマイェクㇽなど、いろいろな呼び名があります。
ふたりとも一見人間のようでありながら、特にオキクㇽミは大変力のあるえらいカムイで、人間の味方をしてくれます。カジキマグロ漁というのはこの話のようにオキクㇽミも手を焼くほど大変危険な漁で、命がけで行うものだったそうです。
だから、カジキマグロ側にはこんな話が伝わっているのだとして、漁に出る人たちが少しでも自分たちを安心させようとしたのかもしれません。
神謡というのは女の人が語ることが多いものですが、このトゥスナパヌは男性の語った録音がいくつも残っていることを考えると、海漁をする男性によって語り継がれたものだったのかもしれません。