アイヌの家を訪問する時の作法
9巻87話では、樺戸(かばと)の近くまでやって来たアシㇼパ、杉元、牛山、尾形という面白い組み合わせの一行が、アイヌの村を見つけて休ませてもらうことにします。その時、杉元がアイヌの家を訪問する時の作法を牛山と尾形に説明します。杉元は尾形相手だとやけに気合が入りますね。
この時に杉元が説明している作法は、おおむね昔からそのように言われているものですので、おさらいしてみましょう。
まず、訪問先の家の前に来たら、「ンンンン……」といった感じで咳ばらいをします。女の人であれば「オホ、オホ」とか「エフ、エフ」といった声を上げます。あるいは、雪の上を歩いてきた場合などには、その場でカンジキを脱ぎ、それを打ち合わせて雪を落としたり、家の柱を叩いたりします。
この時、杉元の言うように「すみませ~ん」などといった、意味のある言葉を発してはいけません。とにかく何かの音を立てて、外に誰かが来ているということを家の中の人に気づかせます。
漫画ではここで中から若い男が出て来て、杉元たちの姿を確認すると、何も言わずにすっと引っ込んでしまいます。これも作法どおりで、ここで「どなたですか?」とか「どこから来たんですか?」などということを尋ねてはいけません。それは家の主人の役割なので、ここではどんな様子の人間が訪ねてきたかを、主人に報告するのが若者の役目です。
本来ここで出て来るのは奥さんや娘であることが多いのですが、この場面で家の中に女性陣がいるにもかかわらず男が出て来たのは、女たちに外に出られてはまずい事情があったからです。
その後しばらく待たされて、杉元たちは暇を持て余していますが、その間家の中では何をしているのかというと、掃除をし、客用の茣蓙(ござ)を敷いたりして、客を迎える準備を整えているのです。
やがて中から再び若者が顔を出して杉元の手を取り、杉元は牛山の手を取って、数珠(じゅず)つなぎのようになって家の中に入ります。
この時、杉元が「背筋を伸ばすなッ。手を引かれて招き入れられるときは、腰をかがめるのが作法だぞ」と言っていますが、これもまたそのとおりなので、杉元はずいぶんよく学習したようですね。
この場面で戸口には何も下がっていませんでしたが、普通戸口にはドア代わりに蓆(むしろ)が下がっており、その蓆の一番下には戸口の幅より少し長い丸太が結びつけてあります。これは蓆が風にあおられて家の中に風が入って来るのを防ぐためです。
そして、この蓆が下がっている時には、蓆の下の方を開けて、身をかがめて隙間から入るものでした。直立したまま頭で蓆をはねのけて入ったりするのは、敵意を持ってやって来た時のふるまい方で、物語の中では刀で蓆を切り落として入って来るなどという物騒な話もあります。