〈前編〉

四面楚歌

娘が3歳になると、遠野アキさんは社会復帰を目指し、人材紹介会社に登録。

外資系日本企業の面接の際、日本人の男性面接官に「サンフランシスコかあー! すごいね! 遠野さんにうちの仕事はもったいないかもね」「誰がお子さんをみるんですか? 海外出張もできますか?」などと言われて面食らう。

そこで遠野さんは、かつて働いていた大手消費財メーカーの元同僚に相談すると、「しばらく専業主婦になっていたようなブランクのある人を、私なら雇おうとは思わない」と言われ、愕然。仕事のブランクのある女性が、日本で子育てしながら働くことの難しさを痛感させられた。

夫の無理解や日本の転職市場の現実に打ちのめされた遠野さんだったが、ある時インターネットで某雑誌の翻訳ライターの求人を見つけ、応募。面接を受けると、早速採用が決まる。最初は翻訳のみだったが、次第に取材や執筆の仕事が増えていった。

写真/Shutterstock ※写真はイメージ
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埋まらない溝

ようやく仕事を得られた遠野さんだったが、かつての収入や仕事内容と比較しては、「これでいいのか?」という思いと、「これしか稼げないの?」という悔しさに苛まれた。

ついそんな苦悩を夫に漏らすと、「なんでライターなんてお金にならないことやってんの? Uberの方が稼げるし、いつでも好きなときに仕事ができるじゃん?」と夫。

「私の友人はアメリカ人やフランス人の駐在員妻が多いのですが、彼女たちは夫に帯同して来日し、日本で専業主婦として数年過ごしても、母国に帰ると元の仕事や大学院に戻ることができます。そのため、自分の境遇との差に苛まれました。

私は特別キャリアアップがしたかったわけではなく、単に『以前と同じように仕事がしたい』と思っていただけ。なのに、日本ではそれが叶いません。そんな私の苦悩に少しも寄り添えない夫の共感力のなさにあきれ果て、死んで欲しいとさえ願うようになりました」

記念日にはよく花束をくれた夫だが、「もったいない」と言ってくれなくなった。夫婦の会話も、必要最低限になっていった。