タクシー運転手がデモに加わった理由とは

こんなこともあった。戦闘で負傷した人を病院に連れて行こうとしたタクシー運転手に、空挺隊員が降ろせと命令し、運転手が「今にも死にそうな人だから病院に運ばなくてはならない」と訴えると、空挺隊員は車のガラス窓を壊し、運転手を引きずり出して帯剣で腹を刺して殺してしまったのだ。少なくとも3人の運転手が殺されたという。これが翌日のタクシーデモの契機となる。

5月20日午後3時頃、錦南路のデモ群衆は数万人に達した。幼稚園児の手を引いて出てきたおばあさん、若い女性、店員、学生、会社員、家庭の主婦、飲食店の従業員などが集まってきた。

午後5時50分頃、5000人以上もの群衆が道庁に向かって突撃戦を繰り広げた。すると午後7時近くに多数の車両がヘッドライトを照らし、クラクションを鳴らしながら突進してきた。

運輸会社の大型トラックや高速バスを先頭に、その後ろには200台以上のタクシーが集まって来て、錦南路を埋め尽くした。車両行列は激しい怒りの波濤(はとう)のように押し寄せた。デモ群衆はこれによって、さらに勇気づけられ勢いづいた。

この5時間前に、光州駅近くに10台以上のタクシーが集まった。「我々が仕事で客を乗せたのが何の罪になるのか。罪のないタクシー運転手をなぜ空挺隊員が殺すのか」「こんなことなら、我々も闘わなければならない」と言っている間に、タクシーはさらに増え、無等競技場に市内のタクシー運転手全員を集めることになった。

タクシー運転手たちは、目撃した残酷な状況についての情報を交換し、空挺部隊の蛮行を糾弾した。

こうして競技場に集まったタクシーは、200台を超え、錦南路に向かって前進した。タクシーの車列が錦南路に到着すると、市民たちは歓呼の声を上げ、大喜びし、歓迎した。

映画『タクシー運転手 約束は海を超えて』で主演を演じたソン・ガンホ  写真/shutterstock
映画『タクシー運転手 約束は海を超えて』で主演を演じたソン・ガンホ  写真/shutterstock
すべての画像を見る

タクシーを前面に出し、鉄パイプや火炎瓶などで武装したデモ群衆は、催涙弾などを撃つ警察、軍人らと道庁を挟んで激しい戦闘を繰り広げた。

その時、錦南路の群衆は20万を超えていた。道路はデモ群衆で埋まり、MBC放送局は占拠され、デモ隊が局側に光州市内で進行中の残酷な状況をきちんと報道するように要求した。

それが拒否されると、彼らは火炎瓶を投げつけたため、局員が鎮火する事態も起こった。同じ頃、KBS放送局もデモ隊に占拠されていた。

写真/shutterstock

秘密資料で読み解く 激動の韓国政治史
永野 慎一郎
秘密資料で読み解く激動の韓国政治史
2024年7月17日発売
1,100円(税込)
新書判/256ページ
ISBN: 978-4-08-721324-9
盧武鉉政権時代の2004年、軍事独裁政権下で起こった不可解な事件を調査する「国家情報院過去事件真実糾明発展委員会(真実委)」が設置され、情報部(KCIA)の秘密資料の調査や、当時の関係者へのヒアリングなどから、金大中拉致事件、大韓航空機爆破事件などに政府がどう関わっていたか、その真相が明らかになった。
この資料に加え、文献・史実、さらには著者自身が金泳三、金大中と直に交流した実体験も交えながら、朴正煕大統領暗殺事件、光州事件、ラングーン事件、東亜日報記者拷問事件……など、民主化を勝ち取るまでの激動の韓国現代政治史を、表と裏から振り返る。
映画『タクシー運転手~約束は海を越えて~』『KCIA 南山の部長たち』『1987、ある闘いの真実』のもとになった現実は、かくも凄まじいものだった!
amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon