21世紀のグローバル資本主義がたどり着いた極致

かつて栄華を誇った巨人軍の天下もはるか昔、時代のスポットライトは異国の地で活躍するたった一人のスター選手のもとへ……。

今や大相撲以上に日本の「国技」とも言える、野球というスポーツにおけるこの劇的な変化は日本社会の変化を反映している。

仮に読売ジャイアンツを「昭和の大企業」としたら、大谷は「シリコンバレーの起業家」のような存在だ。

20世紀後半の高度経済成長期からバブル期にかけて、日本経済を牽引した大企業の多くは今やすっかり零落し、代わりに起業家やアーティストなど才能ある個人が世界を舞台に活躍するようになった。

巨人が「昭和の大企業」だとしたら、大谷翔平は「シリコンバレーの起業家」 契約金総額1015億円はグローバル資本主義がたどり着いた極致か_4
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日本から世界へ、そして組織から個人へと時代が移り変わった。昭和の「古き良き時代」を象徴する、日本の“ローカル球団”読売ジャイアンツよりも、平成生まれの世界的スター大谷に僕らが魅了されるのは当然だ。

2023年12月に大谷がドジャースと結んだ契約は、1年あたりの年俸が7000万ドル(約101億5000万円)という破格の契約だった。一方、かつて日本球界を代表する「金満球団」だった読売ジャイアンツの、2023年における選手年俸総額は約37億円。

ジャイアンツの選手全員の年俸を足しても、大谷が1年で稼ぐ額の半分にも及ばない。カネがないよりも、あるほうに人々の目が向くのも、これまた自然なことだ。

総額1015億円という大谷とジャースの契約は、MLBの圧倒的な資金力だけでなくアメリカ経済の好調さ、そして21世紀のグローバル資本主義がたどり着いた極致を示している。

日本のメディアはただただ「大谷すごい!」と連呼するだけだが、プロ野球チームが一人のアスリートに1000億円も投資できる現代社会というのはいったい何なのだろうか。僕らが生きるこの社会はどんなメカニズムで動いているのか。


写真/shutterstock

大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)
内野宗治
大谷翔平の社会学 (扶桑社新書)
2024/4/24
1,155円(税込)
352ページ
ISBN: 978-4594097400

はじめに
球界のスターを突如襲った初の大スキャンダル/「大谷が結婚市場から消えた!」/「日本の恋人」大谷翔平と「アメリカの恋人」テイラー・スウィフト/

第1章 大谷翔平という「社会現象」
カリフォルニア州の税制にまで影響を与える男/スペイン語のラップに登場した〝Ohtani〟/2021年の日本で最も「流行った」大谷翔平

第2章 日本の「文化的アイコン」そして「神」になった大谷
年間45億円のスポンサー収入/「出すぎた杭」/SNS時代の「映(ば)える男」/「アメリカでの評価」を伝える日本メディア/「大谷教」の信者たち/読売ジャイアンツよりもファンが多い大谷

第3章「1015億円の男」を生んだ現代のグローバル資本主義
大谷の1015億円契約、12年前なら「602億円」/MLBの選手年俸はNPBの13倍/クリスティアーノ・ロナウドの年収は389億円/一晩で4000万円を稼ぐDJ/DJとアスリート、グローバルアイコンの代償/アメリカで「アニメキャラ」になった大谷

第4章 現代日本「三種の神器」、スシ、アニメ、ショーヘイ・オータニ
「なおエ」な日本メディア/スポーツは「代理戦争」/「大人の事情」で夢を絶たれた日本人メジャーリーガー第1号/日本人メジャーリーガー「空白」の30年/日本人メジャーリーガー「続出」の30年/大谷を利用した「スポーツ・ウォッシング」/コロナ禍と大谷フィーバー/大谷の「ヒーローズ・ジャーニー」

第5章 ビデオゲーム化する現代野球と「パワプロ的」な大谷のホームラン
大谷のホームラン映像が持つ中毒性/テクノロジーと現代的な「大谷ウォッチ」スタイル/ただの「娯楽」になった野球/「ビデオ化する野球」を嘆くイチローとダルビッシュ/「自分の育成ゲーム」。パワプロ的な大谷

第6章 2023年のヌートバー旋風から考える「もし大谷が18歳で渡米していたら?」
侍ジャパンの「胡椒」になった男/「侍魂」を持った大谷の相棒/日本では「色物扱い」/もし侍ジャパンが日系選手だらけになったら?/加藤豪将とマイコラスの場合/「日本の息子」になった大谷/日本球界をスルーした田澤純一とできなかった菊池雄星/サラリーマン的な日本球界/「亡命」同然だった日本人選手のMLB移籍/「内向き」な日本球界/「飛び級」を許さない国

第7章 韓国人メジャーリーガーとK-POP 逞しきグローバルマインド
オールスターゲームでの日韓戦/「兵役免除」を懸けて戦う韓国代表/マイナーリーグ経由の「叩き上げ」が多い韓国人メジャーリーガー/韓国のアマチュア選手が即メジャーを目指すワケ/プエルトリコのローカルラジオで聞いたK-POP/サバイバルとしての海外生活/韓国人選手初の「エリートコース」を歩んだ柳賢振/日本球界を「スルー」する韓国人選手たち

第8章 〝Ohtani in the U.S.A.〟リベラル時代の新ヒーロー
アメリカの有名雑誌『GQ』の表紙を飾った大谷/野球界の救世主/アウトサイダー」だからこそ救世主になったのか?/「野球界のユートピア」日本/大谷とは正反対だった〝元祖二刀流〟ベーブ・ルースのキャラクター/リベラルな時代の波に乗った大谷翔平/すでに政治的なメッセージを帯びている大谷

第9章 MLBの日本人差別と、日本球界の「ガイジン」差別
バースと王貞治の本塁打記録/「ジャップにタイトルを獲らせるな!」/「白人至上主義者」の監督に差別された日本人メジャーリーガーたち/「白人用」と「黒人用」に分かれているマイナーリーグのバス/「球団記録」ですらない村上宗隆の56本塁打が騒がれるワケ/スポーツは「性」を連想させる/大谷は「最強のオス」/日本人選手のイメージを刷新した大谷のパワー/「今まで見た中で最も身体能力に恵まれた野球選手」/日本人パワーヒッターの残念な歴史/日本人のパワー不足をハッキリと口にしたダルビッシュ

第10章 アメリカ人記者に「ロボット」呼ばわりされる大谷の「追っかけ」
取材対象としての大谷/MLBの「日本人村」/イチロー取材の「ルール」/メディアは敵?/大谷の「チアリーダー」に徹する日本メディア

第11章 野茂の「980万円」から大谷の「1000億円」まで日本人メジャーリーガーの「時価」変遷

「スポーティングニュース」アメリカ編集部からの依頼/「日本はナメられている」と言ったダルビッシュ/サイ・ヤング賞2度の投手をはるかに上回った山本由伸の契約/
野茂の「980万円」から山本の「463億円」まで 日本人投手の「株価」変遷/
イチローの「15億円」から大谷の「1015億円」まで 日本人打者の「株価」変遷/日本人打者の低評価を覆した大谷


おわりに 「大谷翔平の社会学」ができるまで〜自己紹介に代えて
1986年生まれ、パワプロ育ち/アメリカで体感したイチロー旋風と「日韓戦」/一介のブロガーからMLBの記者席へ/「プロの物書き」としての楽しみと葛藤/「スポーティングニュース」副編集長就任、からの日本脱出/「ダルビッシュから浮気したの?」/社会学者でもスポーツ記者でもないけれど……

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