「ビデオゲーム化する野球」を嘆くイチローとダルビッシュ
大谷のような「わかりやすい」プレーが今の野球界で求められているのは、単にそれが「30秒のハイライト映像」に適しているというマーケティング的な理由からだけではない。フィールド上でも「より強い」「より速い」プレーが求められている。
その背景には、2010年代にプレーのトラッキング技術が進化したことがある。
MLBでは現在、打球の速度や角度、走塁のスピード、投手のストレートの回転数や変化球の変化量など、選手たちのありとあらゆるパフォーマンスが最新機器で計測されている。
たとえば2023年の大谷は打球の平均速度が94.4マイル(MLB全体の上位1%)、走塁のスピードが秒速27.8フィート(37%)、ストレート(フォーシーム)の回転数が2260回転/分(53%)等々、その能力が全て数値化されている。
打率や防御率といった「結果」の数字が運に左右される一方で、打球の速度やストレートの回転数といった「過程」の数字はより正確に選手の能力を表す。現在のMLBを中心とした野球界ではそう考えられている。それゆえ、選手たちはひたすら「速い打球」や「回転数の多いストレート」を追い求めるようになっているのだ。
いわば野球というスポーツが現場の感覚を頼りにした「アナログなゲーム」ではなく、統計学に基づくデータドリブンで「デジタルなゲーム」になったわけだが、この変化を快く思わない選手や野球関係者もいる。
たとえばイチローは2019年に現役引退を発表する記者会見の場で、こう苦言を呈した。
「頭を使わないとできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて。危機感を持っている人って結構いると思うんですよね」
ただ単に「速い打球」や「回転数の多いストレート」をひたすら追い求める現代野球は確かに、単細胞的だ。一方で現代野球は、昔とは違う頭の使い方をしないとできない競技になっている。
今日の選手たちはiPadに表示されるさまざまなデータを見て、自身のパフォーマンスを改善する方法について仮説を立てなければならない。
最先端のテクノロジーを駆使して野球動作を解析するシアトルの施設「ドライブライン」には、今や大谷を含む多くのメジャーリーガーが通っている。見方によっては昔よりも「頭を使わないとできない競技」になっているのだ。
野球が「頭を使わないとできない競技」ではなくなりつつあることを嘆いたイチローは当時45歳。彼の発言を「時代に取り残されたベテラン選手の戯言」と一蹴する声もあったが、たとえば最先端のテクノロジーやデータを大いに活用している現代的な選手の一人であるダルビッシュ有も、2023年にこう言っている。
「10年前、15年前はそんなに変化球を投げられなかった投手が、今は投げられるようになってしまう。僕は、そういう意味ではつまらないです。答えが出ている状況。問題集と一緒で答えがある。
わからないで解いていくというのが昔で、今は答えが横にあって、こういう感じで、じゃあ式をどうしていこうかっていうところの話になっているので、あんまり面白くない」
昔は各選手が手探りで、どうしたら野球が上手になるのかと試行錯誤していたが、今は攻略本を片手にビデオゲームをプレーしているような感がある、ということだろう。好むと好まざるとにかかわらず、デジタル技術の進化とともに野球はどんどんビデオゲーム的になってきており、その変化に適応した選手が成功している。
そして我らが大谷は、そんなビデオゲーム的な選手の代表格だ。