体験をあきらめさせるもの

調査では、過去1年間に子どもに何らかの「体験」をさせてあげられなかった経験があると答えた保護者に対して、そうせざるを得なかった理由についても聞いている(複数回答)。

グラフ7は、その回答を世帯年収300万円未満の家庭に絞って集計したものだが、そのうち最も多いのは「経済的理由」で56.3%だった。

グラフ7:体験をさせてあげられなかった理由(世帯年収300万円未満の家庭)。『体験格差』より
グラフ7:体験をさせてあげられなかった理由(世帯年収300万円未満の家庭)。『体験格差』より

補足すると、昨今の物価高騰による子どもの「体験」機会への影響は低所得家庭でより強く出ており、世帯年収300万円未満の家庭ではおよそ半数にまで及ぶ(物価高騰の影響で子どもの「体験」の機会が「減った」と「今後減る可能性がある」との回答の合計)。

これまで見てきた通り、低所得家庭の子どもたちの「体験」にとって、「お金」が最大の壁であることはやはり間違いがない。だが、別の壁もある。

再びグラフ7に戻ると、保護者の回答で次に多かったのが、送迎や付き添いなどの「時間的理由」だ。こちらも51.5%と半数を超えている。そして、そのあとに「近くにない」(26.6%)、「保護者の精神的・体力的理由」(20.7%)、「情報がない」(14.3%)、「理由はない」(6.8%)といった回答が続く。

習い事にレジャー…低所得家庭の子ども約3人に1人が「体験ゼロ」、年収別で2.6倍以上の差も…日本初の全国調査で判明した体験をあきらめさせる壁_11
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「時間的理由」が「経済的理由」に匹敵する割合となっていることは重要だ。共働きの家庭はもちろんのこと、ひとり親家庭で習い事への送り迎えや付き添いなどがより困難であることは想像に難くない。

しかも、子どもが小学生の場合(今回の調査の対象)、中高生などほかの年齢層に比べてそうした負担が大きくなるため、子どもたちが「体験」の機会からより遠ざけられやすい。

例えば、もしどこか別の出費を切り詰め、子どもの「体験」にかかる月謝を何とか捻出できたとしても、定期的に送り迎えをする時間はとれない、といった状況だ。

夏に海のキャンプに参加したいと言っていたけど、経済的にも私の体力的にも厳しかった。(大阪府/小学4年生保護者)

スポ少(スポーツ少年団)でサッカーをやりたがっていたが、私がフルタイムで仕事をしているので当番などができないと思い断念した。(福島県/小学5年生保護者)

いずれも、今回の調査で寄せられた、世帯年収300万円未満の保護者からの声だ。子どもたちがやってみたい「体験」をさせてあげられない。そこには、親たちを取り巻く複合的な障壁が存在する。その中心に「お金」の問題があり、ほかの要因とも深く絡み合っている。


文/今井悠介 写真/shutterstock

『体験格差』 (講談社現代新書)
今井 悠介 (著)
『体験格差』 (講談社現代新書)
2024/4/18
990円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4065353639

習い事や家族旅行は贅沢?
子どもたちから何が奪われているのか?
この社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態とは?
日本初の全国調査が明かす「体験ゼロ」の衝撃!

【本書のおもな内容】
●低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」
●小4までは「学習」より「体験」
●体験は贅沢品か? 必需品か?
●「サッカーがしたい」「うちは無理だよね」
●なぜ体験をあきらめなければいけないのか
●人気の水泳と音楽で生じる格差
●近所のお祭りにすら格差がある
●障害児や外国ルーツを持つ家庭が直面する壁
●子どもは親の苦しみを想像する
●体験は想像力と選択肢の幅を広げる

「昨年の夏、あるシングルマザーの方から、こんなお話を聞いた。
息子が突然正座になって、泣きながら「サッカーがしたいです」と言ったんです。
それは、まだ小学生の一人息子が、幼いなりに自分の家庭の状況を理解し、ようやく口にできた願いだった。たった一人で悩んだ末、正座をして、涙を流しながら。私が本書で考えたい「体験格差」というテーマが、この場面に凝縮しているように思える。
(中略)
私たちが暮らす日本社会には、様々なスポーツや文化的な活動、休日の旅行や楽しいアクティビティなど、子どもの成長に大きな影響を与え得る多種多様な「体験」を、「したいと思えば自由にできる(させてもらえる)子どもたち」と、「したいと思ってもできない(させてもらえない)子どもたち」がいる。そこには明らかに大きな「格差」がある。
その格差は、直接的には「生まれ」に、特に親の経済的な状況に関係している。年齢を重ねるにつれ、大人に近づくにつれ、低所得家庭の子どもたちは、してみたいと思ったこと、やってみたいと思ったことを、そのまままっすぐには言えなくなっていく。
私たちは、数多くの子どもたちが直面してきたこうした「体験」の格差について、どれほど真剣に考えてきただろうか。「サッカーがしたいです」と声をしぼり出す子どもたちの姿を、どれくらい想像し、理解し、対策を考え、実行してきただろうか。」――「はじめに」より

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