自分の特性を学び、障害をオープンに
苦しい気持ちを聞いてもらうために大橋さんが自室から出て向かったのは、それ以前から存在は知っていたKHJ(特定非営利活動法人 KHJ 全国ひきこもり家族会連合会)という家族会だ。
家族会に参加している人の多くは、ひきこもりの子を持つ親たちだ。大橋さんは自分の親の代わりに、他の親に向かって、絶叫した。
「母ちゃんが悪いんだよ!」「母ちゃんが悪いから息子はこうなるんだ!」
当時のことを知る人に聞くと、「なんで知らない人にそんなことを言われなきゃいけないんだ」と怒り出したり、苦情を言う親もいたそうだが、大橋さんは、聞いてくれる人がいたおかげで回復に向かうことができたと何度も感謝の言葉を口にする。
「私がひきこもりから脱出できたのは、人薬と時薬のおかげなんです。世の中でもう一度生きてみようと思うには、人に癒やされる必要があるんですね。それが人薬。人っていいな、人に甘えていいんだなっていう感覚を、時間をかけて取り戻していく。だから時薬なんです」
障害特性についても学び、自分には「多動・多弁」「ダブルブッキング」「ものをよく忘れる、落とす」「締め切りが守りにくい」「手先が不器用」「感情の出し方が苦手」などの症状があると伝えるようにした。それを「自分の取扱説明書」だと、冗談めかして言うのが大橋さんらしい。
「私がそうだったように、発達障害の人って自分のことが自分でわかっていないことが多い。だから、大風呂敷を広げないようにするためにも、できることと、できないことを、ちゃんと言えるようになることが大事なんですね」
精神障害者福祉手帳を取得。障害をオープンにして、できる範囲で就労する一方、障害年金の受給も始めた。
ピアサポーターとして相談に乗る
元気になるとピアサポーターとしての活動も始めた。ピアサポートとは同じような立場の人によるサポートという意味で、話を1聞けば10わかるという強みがある。大橋さんはひきこもり経験者として当事者や家族の相談に乗ったり、支援団体や自治体などの依頼に応じて自分の体験を話したりした。
ある地方都市で行なわれた講演会に同行してみた。ひきこもりの当事者や家族、支援者など数十人の聴衆を前に、大橋さんは自分の親との確執、ひきこもったときの気持ち、ひきこもりから脱したきっかけなど、ときに冗談を交えながら話していく。障害があるとはとても思えない、よどみない口調だ。
講演が終わると、1人の中年女性が「ひきこもっている子どもの相談をしたい」と大橋さんに話しかけてきた。大橋さんは快諾し、女性に子どもだけでなく他の家族の様子も聞いていく。状況をていねいに聞き取った後、すぐ取り組めそうなことからアドバイスをする。
「おはよう、おやすみとか、あいさつでもいいし、テレビの話題でもいい。どんどん子どもさんに話しかけてみて。自分がここにいても否定されないと本人が感じるようになると、何かしら反応が出てくると思いますよ」
今後も電話で相談にのれることを伝え、「母ちゃんが一人で抱え込まないで」と励まして別れた。