“再調査”日朝合意も破綻…拉致問題の現状
日朝関係筋によると、北朝鮮が「日本人の包括的な再調査」を約束した2014年のストックホルム合意の前に、北朝鮮側は「特別な日本人」が存在する可能性を示唆していた。首相官邸や外務省内には、北朝鮮が新たに拉致被害者の生存を明らかにし、帰国させる用意があるとのメッセージを暗に送ってきているのではという期待感があった。
このため、終戦前後に亡くなった日本人の遺骨問題や残留日本人、行方不明者も含めた調査をパッケージで行うという北朝鮮側のプランに応じた。
ただ、日本政府内には、北朝鮮が遺骨調査などを優先し、拉致問題をうやむやにするのではないかとの懸念の声もあった。実際、外務省の主導で北朝鮮との交渉が進む中、拉致問題対策本部事務局は首相官邸に「包括的調査は筋が悪い」と進言していた。
再調査結果を出すように再三にわたって求める日本側に対し、北朝鮮は非公式に、拉致被害者の田中実さんと知人の金田龍光さんの生存情報を伝えてきた。だが、「自ら渡航してきた」と説明し、拉致を否定した。
当時の安倍政権は、2人は日本に身寄りがなく、帰国しても「成果」として世論に十分にアピールできないと判断。むしろ、再調査の報告書として正式に受け取れば、北朝鮮に拉致問題の幕引きを図られたと日本国内で批判を浴びると懸念した。報告書は受け取らず、田中さんらの生存情報は公表しないことにした。
北朝鮮にとっては「拉致問題は調査の1項目に過ぎない」(日朝関係筋)という立場だったが、日本側は「特別な日本人がいる」との発言を重視した。田中さんらの生存情報だけでは納得できず、結果として1人の帰国も実現しなかった。再交渉に備えて、交渉戦術を練り直す必要がある。
政府の拉致問題対策本部事務局は、北朝鮮関係者との接触や韓国政府などの協力を得て、被害者の生存情報を収集してきた。ただ、実際に存在を確認できるわけではないので「最終的には北朝鮮に調査を求めるしかない」(警察当局関係者)のが現状だ。
北朝鮮で、蓮池さん夫妻や地村さん夫妻を担当していた指導員は、1〜3年で次々に交代していったという。帰国後の日本政府の聞き取り調査に対し、被害者の1人は「指導員は頻繁に交代するので、過去の経緯を知っている人はもういない。だが、必ずどこかに記録は残っているはずだ」と指摘している。
指導員は毎年1〜2回、担当する被害者の暮らしぶりや言動などについて記録した評定書を作り、上司に提出していたとされる。被害者は拉致された直後に履歴書や、指導に従うことを約束させる誓約書も書かされていた。
複数の政府関係者によると、2004年11月の日朝実務者協議で、北朝鮮側に評定書の提出を要求したが、北朝鮮は存在自体を否定したという。「一度、北朝鮮側が存在を否定したものを再び求めても意味がない」(政府関係者)との意見もあるが、粘り強く提出を求めるべきではないだろうか。
制裁解除というカードをちらつかせながら、まずは拉致事件に関して残存する証拠資料の提出を強く求める。このことは拉致事件の全容を解明し、生存する被害者の帰国に応じさせるうえで有効な手段になるはずだ。
文/鈴木拓也
構成/集英社オンライン編集部ニュース班
写真/朝日新聞社
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