拉致被害者に割り振られた「番号」の謎

2002年に帰国した蓮池さん夫妻、地村さん夫妻には、北朝鮮工作機関に拉致されたとみられる順番に5桁の通し番号が付与されていた。

蓮池薫さん 12011
蓮池祐木子さん 12012
地村保志さん 12014
地村富貴恵さん 12012

4人のうち、2人は同じ番号を記憶していた。この点について文書には注釈で、富貴恵さんの証言として「番号が祐木子さんと重なっているが、富貴恵さん自身、末尾番号が記憶違いの可能性があると述べている」と記される。

4人には「12011〜12014」の連続した番号が割り振られていたとみられる。4人が番号の存在を知ったのは、1986〜2000年に平壌郊外の「大陽里招待所」で生活していた時だった。番号は転居しても変わらなかったという。

「蓮池・地村夫妻は12011〜12014」北朝鮮当局が拉致被害者に付与した謎の番号が示す、“隠された日本人”の可能性「認定外の被害者は当然いる」_2
北朝鮮の国旗

番号が示す意味について被害者らは北朝鮮当局から教えられていなかったが、配給などの際に番号が使われたという。文書には「北朝鮮ではいろんな朝鮮名を使っていたが、名前はあまり重要ではなかった」との証言もある。

4人への聞き取り調査の結果、作成者は「4人の番号の冒頭『12』は、日本人拉致被害者に割り当てられていた可能性もある」と分析した。蓮池さん、地村さん両夫妻の4人が拉致されたのは1978年7月で、番号の下2桁が11〜14だった。このため、北朝鮮が日本人を拉致した順番に番号をつけていったものとみなし、「両家(が拉致される)以前に約10人の被害者がいたことも考えられる」と考察した。

蓮池さん、地村さん両夫妻以前に被害に遭った日本政府認定の被害者は、久米裕さん(当時52歳)、松本京子さん(当時29歳)、横田めぐみさん(当時13歳)、田中実さん(当時28歳)、田口八重子さん(当時22歳)の5人しかいない。文書の指摘通りなら、拉致認定者以外に少なくとも5人の被害者がいた可能性がある。

蓮池さん、地村さん両夫妻以前の1977年11月に拉致された横田さんにも番号がつけられていたようだ。帰国した被害者のなかに、具体的な数字を記憶している人はいなかったが、うち1人は「若い番号だった」と証言する。