手術が先か、抗がん剤が先か
治療法の選択と順序
医師が治療の基準として依拠するガイドラインや標準治療とはどんなものか、また治療を受けるにあたって理解と納得を深めるためのセカンドオピニオン外来について見てきました。
それではその後、具体的な治療方針はどのようなプロセスでどんな判断のもとに決まるのでしょうか。治療の選択肢は大きく分けて、手術(第4章参照)、放射線治療(第5章参照)、薬物療法(第6章参照)があります。薬物療法には、従来型の抗がん剤、ホルモン療法薬、分子標的薬、免疫療法薬のレパートリーがあります。薬物療法のうち免疫療法については第7章で詳しく説明しています。
医師は、画像、血液検査、生理学的検査、生検、遺伝子検査など、多岐にわたる検査情報から、がんの部位や種類、形態、全身状態を把握します。手術ができるかどうか、放射線治療を安全に行えるかどうかをそれぞれの専門科の医師と相談しながら判断します。
その際、抗がん剤などの薬物投与を手術や放射線治療の前に行うか、あるいは手術後に行うかが検討課題になることがあります。術前に抗がん剤などの薬物投与を行って、病巣が縮小する、浸潤部位が減少するなどの効果があり、手術がうまくいった、もしくは予後が良くなったことを示す試験結果が十分な件数あれば、治療を進める際の選択肢になります。
比較試験が行われていなければ、エビデンスが不十分であり、安全性が確立されているとは言えないので、通常は選択肢にすることはありません。
術前の抗がん剤などの薬物投与で病巣が小さくなったとしても、じつは周囲にがん細胞が広がっていることもあり、先に手術をしたほうが良かったということも起こり得ます。薬物療法で体力が低下して手術のタイミングを逸するおそれもあります。術前に抗がん剤などの薬物や放射線による治療を行うかどうかは、がんの種類なども考慮して各科の専門医を交えて判断することになります。
一般的には、乳がんや食道がんにおいては術前治療に一定の効果が認められているので行うことが多くなっています。一方、肺がんではこれまではエビデンスが十分ではなく、多くは行われていませんが、さまざまな研究が進んで、有用性が徐々に示されるようになってきました。術前の放射線治療については、がんが縮小しても照射部位の癒着や出血など、かえって手術の支障になることがあり、メリット・デメリットを慎重に判断することが必要です。
いずれの場合も、治療法選択の基準になるのはガイドラインです。ただし、ガイドラインはあくまでも多数の症例を対象にして行われた試験の結果に基づいているので、実際にはガイドラインにあてはまらない患者さんも少なくありません。
例外的な症例については、ガイドラインが推奨していなくても信頼できるエビデンスがあれば、それを参考に治療方針を決めることがあります。同じ薬でも減量して投与する、投与期間を延長するなどの報告については、信頼度が高いとみなされれば参考にすることがあります。