#1
#2

「がんの遺伝子情報」に
基づいた個別化医療

がん遺伝子パネル検査(後述)が2018年に薬事承認され、翌年に保険適用となったことで、がんゲノム医療が本格的に動き出しました。がんゲノム医療は、個別化医療(または精密医療)の代表例です。

個別化医療とは、一人ひとりの遺伝情報や、体質、生活環境、ライフスタイルの違いを考慮して、病気の予防や治療を行うことを言います。がん治療においては、従来の臓器別・組織別の「がんの種類」に加え、「がんの遺伝子情報」に基づいた個別化医療が新たな潮流となっています(図8-1)。

その背景には、がんに対する理解が徐々に深まってきたことがあります。たとえば、同じ〝肺がん〞でも、ある薬が患者によっては非常に効いたり、まったく効かなかったり、強い副作用が現れたり、それほど現れなかったりということが起こりえます。

抗がん剤への感受性をはじめ、がんという疾患の〝多様さ〞は長い間、治療の大きな壁となってきました。この問題に対し、ヒトの遺伝的な多様性や、がんにおけるゲノム異常の起こり方の多様性が、がんという疾患の多様さに結びついていることが明らかになってきました。

臓器や組織を超えて、遺伝子変異という横串でがんの姿が見えてきた一つの例に融合遺伝子の存在があります。たとえば、ALKという遺伝子。正常であれば、この遺伝子からつくられるALKタンパク質は神経システムの発達に関わる受容体として機能します。しかし、このALK遺伝子の一部が他の遺伝子と融合すると、異常な遺伝子となって腫瘍の形成に関わってしまうのです。

がんはもはや種類ではなく遺伝子情報で治療する時代へ? 最前線「がんゲノム治療」とは。治療を受けられるのはどんな人なのか_1
(図8-1)がんの治療戦略は、遺伝子診断の結果を加味する時代に*2019年「第1回がんゲノム医療に関する基礎メディアセミナー」資料をもとに作成
すべての画像を見る

さらに、どの「がん」なのかによって、融合遺伝子のパートナー(融合相手となる遺伝子)の頻度が異なることが報告されています。たとえば肺がんであれば、融合パートナーとしてEML4の頻度が高く、また、肺がんに特異的と知られています。

具体的には、EML4遺伝子と融合したEML4-ALK融合遺伝子は肺がん(ALK陽性肺がん)、NPM遺伝子と融合したものは悪性リンパ腫、VCL遺伝子と融合したものは小児の腎臓がんで、それぞれ見つかっています。今までは別の種類のがんに見えていたものが、遺伝子の視点から眺めると共通性があったのです。

そのことから、ALK阻害薬はこれらのがんの共通の武器として浮かび上がってきました。他にも、神経細胞の分化や維持に関わるTRKタンパク質を作り出すNTRK遺伝子が、他の遺伝子と融合することが知られています。

大腸がん、肺がん、卵巣がん、神経や乳腺など、さまざまな固形がんでNTRK融合遺伝子が見つかっています。そこからTRK融合タンパク質が作られると、必要のないときにも細胞が増殖し、がんが発生しやすくなると考えられています。そのためTRKの働きを抑える分子標的薬が有効です。

このように、臓器によらず、まれに起こる遺伝子の異常が関わるがんの場合などは、とくにがんゲノム医療が力を発揮すると考えられています。がん遺伝子パネル検査でその原因となる遺伝子変異が特定できれば、より適した薬が見つかる可能性も高まります。しかし、現在のところ保険診療では、がん遺伝子パネル検査は、誰でもいつでも受けられるというものではありません。次のような目的に応じて、従来のがん遺伝子検査と使い分けられています。