「私の猫、預けてたんです…」

「後方の席だったので、席を立って通路を走るまで5分以上かかったように思います。私たちの席の番になったとき、隣に座っていた若い男性が手を引いて列の前に入れてくださり、感謝でいっぱいです。他にも高齢のご夫婦が若い人たちに避難路を譲っていたのも印象的でした。避難口までの道のりは本当に長く感じましたが、乗務員の方が足元を照らし続けてくださり、冷静に指示を出している姿に励まされました。外に出た後も機体が燃え続けているにもかかわらずシューターの下に残り、手を貸してくださる方がいて本当にすごいと思いました。今回の事故を通して私は人の温かさや立派さというものを感じたのです」

多くの搭乗者が機内に荷物を置いてきてしまった中で、吉沢さんはジャケットを着たまま搭乗しており、財布とスマホ、そして冬休みの宿題となる英語筆記の論文のテーマにした書籍(英語版の文庫)は持って脱出した。

東大生の吉沢さん(仮名)
東大生の吉沢さん(仮名)

「でも、冬休み中に論文を書き綴っていたパソコンと、ちまちま買い集めた高めのコスメが入ったバッグを足元に置いてきてしまいました。一瞬、パソコンだけでも持って出ようと思ったんですが、荷物を持たないように言われていたので断念しました」

今回、話題になったペットについての論争についてもどう思うかを聞いた。

「ペットは物ではもちろんないですが、人命が優先になってしまうのは仕方がないことだとは思います。今回のことですごく感じたのは当事者じゃない方の声が大きいな、ということです。機内を脱出後に乗ったシャトルバス内で猫を失ってしまった女性が近くにいらっしゃいましたが、静かに泣いてました。近くの親子に『大丈夫ですか』と聞かれても『私の猫、預けてたんです…』とポツリと言うだけで、JALへの文句は一切ありませんでした」

SNSなどを中心に広がる批判コメントなどについてもこう持論を述べた。

「私は無責任な発言はしたくないので基本的にSNSでは発信しません。世の中には自分よりも見識のある専門家や頭脳の優れた人はたくさんいるわけで、自分の浅はかな知識で発信するのは危ないと思っているからです」

炎上する機体(吉沢さん提供)
炎上する機体(吉沢さん提供)
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今回の事故で強く感じたことは「自分は特別でもなんでもない」ということだという。

「これまでの人生においても、東大に入る時も浪人してるし特別だとか万能感なんかもありませんでしたが、そもそも自分がまさかこのような事故に見舞われるとは思ってなかった。それにもっと冷静な自分を保てると思ってました。でも、自分でも意外なほどに心は乱れ涙が溢れ足が震え、新たな自分を知った。また、譲り合う人たちの姿を見て自分の未熟さも知りました」

機内で燃えてしまったパソコンの中の論文はどうなったのか。

「論文提出期限は1月4日だったんですが、10日に延ばしていただきました。論文は英字で3000語書く必要があり、機内でも読み返しながら途中まで書いていたのですが、クラウド上に残ったデータは機内で書いた部分が消えていたんです。期限延期してもらえたので助かりました」

JALからは事故翌日の3日に「1人につき見舞金10万円と預け荷物の弁済金10万円の計20万円を支払うほか、なくなった物も具体的に申告してもらい、額を算出する」と連絡があったという。

吉沢さんは「まだ自分の学びたい学問は決まってないですけど、今回の経験も活かして人に役に立つ仕事に繋がるような、そんな学びをしていきたい」と毅然と前を向いていた。

取材・文/河合桃子 集英社オンライン編集部ニュース班

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