「そんなことごちゃごちゃ言ってる場合か」
珠洲市役所に隣接する避難所では、写真館を経営する坂健生さん(65)が中心的存在となっていた。本人は「別に僕はリーダーなんかじゃありません」と笑顔で否定するが、救援物資の配給窓口になったり、被災者の要望を取りまとめるなど精力的に動いている。
「行政に頼るだけでなく、自分たちで協力してこの災害を乗り越えようという気持ちで行動しているだけです。そもそも珠洲市は、一昨年6月と昨年5月にも大きな地震が起きた被災地。その経験から、ただ行政から支給されたモノを待って受け取るだけではダメだと学んだので、それこそ市役所に断られた救援物資なども、できるだけ避難所の人たちに供給できるように自分が窓口になっています」
実際に「善意」と「安全」を天秤にかけた際、行政では対処できない場面もある。そんな時こそ機転を利かせることが大事だという。
「今回も被災して3日目に三重県鈴鹿市からお坊さんが、救援物資として大量の『水』を持ってきてくれたんです。でもそれは水道水で、しかも4リットル焼酎の空きペットボトル20本に入っていたので、市役所は『不衛生』と判断して受け取りを拒否した。しかし当時は、食料はおろか水すらない状態でしたから、『そんなことをごちゃごちゃ言ってる場合か』と市職員に訴え、あくまで『自己責任』という形で受け取って避難所の方たちにその水を配りました」
一方で、同じ避難所に身を寄せる人たちの一部に「なんで市職員が指揮を取らず、一般市民のおじさんが中心になってるのか」と声があるのも事実だ。これに対し、坂さんはこう答えた。
「もちろん最初のころは『なに勝手に仕切ってんだ』という顔をされたこともあるし、否定的な意見があることも承知しています。しかし実際に、市役所の方たちは他の対応で精一杯で、避難所の運営にまで手が回っていないのが現状。さらにこの避難所は、一昨日まで珠洲市役所の庁舎内に設けられていたこともあり、パニックになって駆け込んでくる家族連れや、どうすればいいかわからずに避難してくるご老人も多かった。中には情報がまったく届かず、『自宅で家族6人と待ってるけど、支援物資がなんにも届かない』と相談してくる方もいました。
そうした人たちを市職員だけで対応するのは難しいため、自ら窓口になりました。また、環境が激変したせいか、夜中になると避難所の雑魚寝スペースでおしっこをしようとするお年寄りもいます。ほかにも避難所生活のストレスで他人に強く当たってしまう方もいますが、みんなで協力してこの震災を乗り越えたいと思っています」