日本でCOVID-19の被害が小さかった理由

では、なぜ日本はCOVID-19の被害が(相対的に)小さかったのか。理由はいくつか指摘されています。例えば、社会活動抑制策への国民の遵守率が非常に高かったことなどです。

そして、成功の最大の理由の1つとして指摘されているのが、高いワクチン接種率だったのです。2023年1月16日の段階で、人口100人あたりのワクチン接種回数は302・82回。1人あたり3回以上で、これは世界平均を大きく上回りますし、先進国ではトップレベルです。プライマリ・ケアや予防医療で世界最先端を行っているキューバには及びませんが、素晴らしい数字だと思います(資料1)。

「コロナワクチンを接種しよう」という同調圧力を生み出せたのは日本政府の唯一の功績「みんなワクチンを打ってますよ」に弱かった日本人の国民性_3

日本はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、国民における政府への信頼度が非常に低い国で、コロナ禍にあった2021年時点では、29.1%しかありませんでした(資料2)。

一般に、政府への信頼が低いと、予防接種の接種率は低下するのが普通ですが、「にもかかわらず」新型コロナワクチンは日本でよく接種されてきたのです。

その理由ははっきりしませんが、ぼくの推測では「ノリ」のおかげだと思っています。あるいは「空気」と言ってもよいでしょうか。

「コロナワクチンを接種しよう」という同調圧力を生み出せたのは日本政府の唯一の功績「みんなワクチンを打ってますよ」に弱かった日本人の国民性_4
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「ワクチンを接種しよう」という
同調圧力を醸し出すことができた日本政府

昔から日本人は、「皆がやる」という「ノリ」さえ作ってしまえば、同調圧力が広く作動して、皆で同じような行動をとってくれるのです。だから、日本では「ワクチンを打つ」という「ノリ」さえ醸成されてくれれば、皆がワクチンを打ってくれるのです。

有名な沈没船ジョークがあります。豪華客船が沈没しそうになり、救命ボートはキャパがいっぱいで、誰かが海に飛び込まなくてはいけません。船長は各国の乗客を説得して海に飛び込ませようと試みます(あくまで、ジョークです)。

アメリカ人には「ここで飛び込めばヒーローになれますよ」と言うと飛び込む。
ロシア人には「海にウォッカの瓶が流れていますよ」、
イタリア人には「海中を美女が泳いでいますよ」、
フランス人には「絶対に海に飛び込まないでください」、
イギリス人には「紳士はこういう時、海に飛び込むものです」、
そして、日本人には「みんなも、飛び込んでますよ」と言うと飛び込む。

というものです(しつこいようですが、あくまでジョークです)。

これが日本人の大好きな「同調圧力」というわけです。

しかし、日本人が同調圧力に弱いのならば、逆に「ワクチンを接種しない」という同調圧力だって醸成できたわけです。そうなれば、日本では「皆が」ワクチンを接種しない状態となり、現在よりももっともっとたくさんの方が新型コロナで死亡していたかもしれません。

同調圧力は吉と出ることもあり、凶と出ることもあるのです。

だから、日本の新型コロナワクチン接種政策の「成功」に、日本人の国民性が大きく寄与していたことはおそらく間違いないと思います。

けれども、だからといって「政府にはなんの功績もない」などと言うつもりはありません。「ワクチンを接種しよう」という同調圧力を醸し出すことができた日本政府や担当者の力量は素晴らしかったとぼくは思います。こんなに政府が信用されていないにもかかわらず、その「空気」を作ることに成功したのだから。


写真/shutterstock


参考文献
(*1)「HPV ワクチン 積極的な勧奨が再開」自由民主党HP https://www.jimin.jp/news/information/203364.html(閲覧日2022年12月21日)
(*2)Wang H, Paulson KR, Pease SA, et al. Estimating excess mortality due to the COVID-19 pandemic: a systematic analysis of COVID-19-related mortality, 2020-21. The Lancet 2022; 399:1513-1536.
(*3)https://www.worldometers.info/coronavirus/country/us/(閲覧日2023年4月19日)
(*4)United States military casualties of war. Wikipedia. 2023;Available at: https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=United_States_military_casualties_of_war&oldid=1144939815(閲覧日2023年3月29日)
(*5)Casualties of the September 11 attacks. Wikipedia. 2023;Available at: https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Casualties_of_the_September_11_attacks&oldid=1144810164(閲覧日2023年3月29日)
(*6)List of disasters in the United States by death toll. Wikipedia.2023; Available at: https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=List_of_disasters_in_the_United_States_by_death_toll&oldid=1147028115(閲覧日2023年3月29日)
(*7)COVID - Coronavirus Statistics - Worldometer. Available at:https://www.worldometers.info/coronavirus/(閲覧日2023年3月29日)
(*8)Matsuyama K, Mayger J. How Japan achieved one of the world’s lowest COVID-19 death rates. 2022. Available at: https://www.japantimes.co.jp/news/2022/06/18/national/science-health/japan-coronavirus-deaths-low/(閲覧日2023年3月29日)

『ワクチンを学び直す』 (光文社新書) 
岩田健太郎
「コロナワクチンを接種しよう」という同調圧力を生み出せたのは日本政府の唯一の功績「みんなワクチンを打ってますよ」に弱かった日本人の国民性_5
2023年10月18日
880円
288ページ
ISBN:978-4334100902
感染症の専門家が、最新の動きを含めてわかりやすく解説

【内 容】

この数年、日本のワクチン接種は、環境において大きな前進が2つあった。1つは、新型コロナに対するmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの提供が非常にうまくいったこと。

もう1つは、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの積極的勧奨が再開されたことである。ワクチンを論じる上で最も重要な2つのポイントは、有効性と安全性だ。著者はこれまで光文社新書で、ワクチン・予防接種をテーマに2冊の本(『予防接種は「効く」のか?』『ワクチンは怖くない』)を刊行し、この2点について検討してきた。

それをふまえ執筆する3冊目の本書では、ワクチンについて様々に論じられる中での最新の動きに加え、予防接種制度や海外のワクチンも含めたワクチン接種の全体像、またそれぞれのワクチンがどう活用されるのかを、包括的に、かつ分かりやすく解説する。

ワクチンのこれまで、今、そして未来――
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