ケニアでの忘れられない思い出
時計といえば、忘れられない思い出がある。一九九四年の九月、ケニアを旅した時のことだ。
子どもの頃から「野生の王国」や「野生のエルザ」といったテレビ番組が大好きだった私は、デビュー後三作目となる小説の舞台に長年の憧れであるサバンナを選んだ。生まれて初めて三六十度の地平線をまのあたりにした時は、そのあまりの巨きさに五感が追いつかず、ただぼろぼろと涙を流すしかなかった。
観光ツアーではなく個人手配の旅だったので、日程やコースは完全にこちらの希望通りだった。桃色のフラミンゴが太陽を覆い隠して乱れ飛ぶナクル湖、雄大なキリマンジャロを背景に象やキリンの群れがそぞろ歩くアンボセリ、タンザニアと国境を接して広がる野生動物の宝庫マサイマラ……幾つもの国立公園や保護区の間を連日三百キロ以上も移動する旅の間、ずっと四駆のワゴン車を運転してくれたのはケニア人のドライバー、ロレンスさんだった。
私よりいくらか年上の三十三歳、お互いカタコトの英語しか意思疎通の手段がなかったぶん、かえって選ぶ単語も構文もシンプルの極みとなり、おかげでずいぶん話が弾んだ。奥さんやまだ小さい息子の話をたくさん聞かせてもらったし、私も自分のことや仕事のことを話した。その間じゅうカーステレオからはロレンスさんお気に入りのレゲエ歌手の歌がエンドレスで流れていて、「これは彼が獄中から幼い息子のことを想って歌った曲なんだよ」などと教えてもらったりした。
ある日、昼食のついでにマサイの村に立ち寄ったところ、漆黒の肌に赤い布を巻きつけた村人たちが、素朴な土産物を手にわらわらわらと集まってきた。木彫りの動物の置物やビーズの装身具ばかりか、長い槍や大きな楯まで押しつけてよこす。私が「ノー・マネー、ノー・マネー」と断ると憐れむような顔をして、だったらそっちの持ってる何かと交換しようと身ぶり手ぶりで迫ってくる。
と、中でもひときわ背の高い青年が、私の目の前に象牙色のくさび形のネックレスを差し出した。何?と訊いたら、ライオンの牙だと言う。