「なぜ総理大臣になったの?」子どもの質問に困惑

年が明けた。岸田は1月4日、記者会見に臨んだ。「岸田政権の歴史的役割」に触れ、「これ以上先送りできない課題に正面から愚直に挑戦し、一つひとつ答えを出していく」と力を込め、新たに「異次元の少子化対策」を掲げた。

先送りできない課題に取り組むのは、岸田として当然の役割でもある。では、首相として何をしたいのか。

東日本大震災から12年を迎えた2023年3月11日、福島県相馬市を訪れた岸田は、子どもから「なぜ総理大臣になったのか」と聞かれた。

「これはね、いろいろ語りだすと難しいんだけど……」。

突然の質問に困った表情を浮かべた。

「政治家になって、やりたいと思うことを実現する。やめてほしいと思うことをやめてもらう。総理大臣は一応、日本の社会の中で一番権限の大きい人なので、総理大臣をめざした」

首相になる前から「やりたいことが見えない」との批判がつきまとっていた。岸田が掲げる「新しい資本主義」も中身が定まらない。憲法改正や拉致問題の解決などを訴えた安倍と比べると、その違いが際立つ。

岸田はこう周囲に語った。

「先送りされてきた課題はいっぱいある。この先いくらでも他の課題が出てくる。今はやることをやっていくしかない」

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官僚が用意した答弁ライン「正確に守ってくれる」

首相として、やりたいことをやるのではなく、やらなければならないことをやる。そう思い定める岸田が次に見据えるのが「賃上げ」だ。

「今年の春闘は、30年ぶりの賃上げ水準となっており、力強いうねりが生まれています。このうねりを地方へ、中小企業へ広げるべく、全力を尽くしてまいります」

岸田は2023年4月29日、連合が主催するメーデー中央大会に出席した。首相の出席は2014年の安倍以来、9年ぶりだった。

なぜ、賃上げなのか。「賃上げをすれば、負担増も納得してもらえる」。岸田はその狙いの一つをこう明かした。

実際、負担増が待ち受けている。岸田政権は防衛力の抜本的強化に必要な財源を確保するため、増税する方針を打ち出している。異次元の少子化対策を実現するためにも負担増は避けられない。そのためには賃上げが必要だという理屈だ。

だが、焦点の中小企業や地方にまで賃上げが広がるかは見通せない。

なぜ、そのような施策や負担増が必要なのか。広く議論し、理解を得ようとしているのか。

やるべき「大義」を盾に大方針を決めるが、聞かれたことには正面から答えない。そんな岸田の姿勢も定着しつつあった。

「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と危機感を訴え、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有などを決めたものの、国会で問われても「手の内を明かすわけにはいかない」などと答えない場面が多かった。原発への回帰でも、既定方針を繰り返す姿勢が目立った。

安倍は国会でいら立ちを隠さず、荒々しい言葉をぶつけ、問題視されることも少なくなかった。自民党幹部は岸田について「同じ答弁を繰り返せるのが強み。安倍さんとはそこが違う」と言い、答弁を批判されても、それを繰り返すことが苦にならないとみる。

首相答弁を作る官邸スタッフはこうみる。

「答弁ラインを伝えるとかなり正確に守ってくれる。『ここまでなら言っても良い』と基準を示すメモを極めて正確に守る」。

官僚が用意した答弁ラインを守る結果、形式的な質疑が積み重なっていく。

岸田本人にとってみれば、何度も質問に答えているので、きちんと説明している。

そんな思い違いがズレをさらに増幅させているようにも見える。

やりたいことよりも、やらなければならないことをやる。だが、納得が得られる十分な説明は後回しで、方針だけが決まっていく。そんな岸田の実像が浮かび上がる。