水際対策、狂った目算
「追い返せないか」
2021年11月26日、首相官邸幹部が「今夜も対象地域から1便入るようです」と伝えると岸田が言った。岸田はいら立っていた。
この日、WHO(世界保健機関)は南アフリカで報告されたコロナウイルスの変異株を「オミクロン株」と命名。日本政府は、南アフリカなど周辺6カ国を対象に水際対策の強化を発表したばかりだった。
岸田政権の発足から約2カ月。岸田の脳裏をかすめたのは、コロナ対応が「後手」に回り、政権運営が窮地に陥った安倍・菅政権の失敗だった。
2022年夏の参院選を安定政権の足がかりにしたい岸田にとって、まさに初めて迎える正念場だった。
「いや、全部だ」秘書官の提案に首を振った
自民党内の激しい政治抗争を経て岸田が首相の座を手にしたのは2021年10月4日。
コロナ対応を前面に掲げ、わずか10日余りで、「第6波」に向けた対策の大枠となる「全体像の骨格」を発表。感染力が「第5波」の2倍、3倍になるシナリオを想定したもので、「最悪の事態を想定した危機管理を行い、対策に万全を期す」と訴えた。
衆院選に勝利した後、11月12日には、骨格を具体化した「全体像」を打ち出す。病床の増床や「見える化」、検査の拡充、治療薬の確保などを盛り込んだ。
当時、菅前政権が注力したワクチン接種が進んだことなどから、感染は収まり、東京都の新規感染者数は、1日10人を下回る日もあった。
水際対策では11月8日、原則停止していた海外のビジネス関係者や技能実習生らの新規入国を認めるなど大幅に緩和。コロナ禍の「出口」も見えかけた空気感だったが、コロナ対応に注力したのは「政権安定のためにはコロナ対策を国民に示す必要がある」(内閣官房幹部)との思いがあったからだ。