見据えた「黄金の3年」

衆院選の勝利から1カ月後の2021年11月30日、自民党本部4階にある総裁執務室で、首相で総裁の岸田と副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充は参院選の投開票日を協議していた。

「参院側は、できるだけ早い方がいいと言っている」。

通常国会の召集日と参院選の日程を組み合わせた複数のシナリオを示した資料を手元に、岸田は述べた。

7月10日や17日、24日が投開票日候補だったが、事実上、10日を推した。17日だと若者の投票率が下がることが想定される3連休ということもあり、麻生は「今の自民党は若者の支持が強いですからねえ。投票率は森政権なら低いほうがいいが、いまは高いほうがいい」。

茂木は「公示日が沖縄慰霊の日(6月23日)と重なるので1日早めては」と述べ、政権が最重視する参院選の日程が固まっていった。

自民党幹部「岸田政権は鵺のような政権だ」…発足当初から不安を募らせていた故・安倍晋三が菅義偉にしていたお願いごと_4

「官邸にいると情報が入ってこない」

歴代の自民党総裁は首相に就いてからは官邸にいることが多い。総裁執務室を活用する機会は少ないが、岸田は好んで足を運び、政権の重要課題を協議する。

2021年11月から12月に党本部に入ったのは13回。2020年の同じ時期に前首相の菅義偉が7回、19年に元首相の安倍晋三が1回だったのに比べて抜きんでている。

安倍・菅両政権では官邸の力が圧倒的で党の力が弱い「政高党低」と言われたが、ひずみも大きかった。

岸田自身も政調会長時代、党の意向が政府方針に反映されない場面があり、党内に不満がたまっていることを熟知している。総裁選では「政高党高」を打ち出していた。岸田は茂木とは直接会うだけでなく、週2回は電話で意思疎通を図った。

党を重視する事情は他にもある。

岸田は党内派閥「宏池会」の会長だが、勢力は党内5位(当時)。党主流派の支えがなければ、一気に政権を失う恐ろしさは、無派閥の菅が首相だった政権末期に目の当たりにしたばかりだ。

岸田は周囲に「官邸にいるとなかなか情報が入ってこない。意思疎通を図ることは大事だ」と話す。

党への配慮は欠かさない。「アジアで民主主義国のリーダーにならなきゃダメだ。そのために日本が(ボイコットを)言わなきゃ」

2021年12月23日、岸田は安倍から翌年の北京冬季五輪・パラリンピックを「外交ボイコット」するよう求められると、「近いうちに」と応じ、その翌日には政府関係者を派遣しない方針を表明した。

新型コロナウイルス対応で3回目のワクチンを医療従事者に接種してもらうことは前厚生労働相の田村憲久らが主導。「こども庁」の名称をめぐり党内や公明党から変更を求められると「こども家庭庁」に変えた。

かつての自民党政権のように党が強くなりすぎると、「権力の二重構造」や「透明性の確保」といった課題も再燃しかねないが、岸田に迷いはなかった。

見据えていたのは2022年夏の参院選。ここで勝利すれば、「黄金の3年」と呼ばれる国政選挙をしなくてもいい期間が手に入るとみられていた。

雇用保険料率の引き上げは先送りーー。当初予定していた引き上げ時期を春から秋に先送りすることが2021年12月末の予算編成の最中、急きょ決まった。これも党主導だった。

働き手や企業の負担が参院選直前に増えることを嫌った参院幹事長・世耕弘成の意向に官邸が即座に応じた。参院選に向けた不安材料を少しでも取り除くためだ。

通常国会では野党の反発を招く可能性がある法案は極力抑えた。首相周辺は「参院選まで、のらりくらりいく」と語った。