ハイテクの正体はセンスと原始的手順

そんなコンピュータに支配された未来を舞台に繰り広げられる冒険を、最新コンピュータグラフィックスで1982年にディズニーがお届けしたのが『トロン』であります。

1982年のコンピュータといえばまだ8ビット機が主流で、日本から16ビットCPUのPC9801が発売されたばかり。マッキントッシュやWindowsが発表されるまで、数年待たねばならない時期でした。

一般家庭に普及していない、あるとしても研究機関や限られたオフィスの一部といった黎明期ですが、観客にとって一番身近なコンピュータがありました。ゲームです。ゲームセンターにあるアーケードゲームが爆発的に流行していたので、その勢いで映画化されたのです。

とはいっても当時のCGはといえば、世界最速のスーパーコンピュータを使ったとしてもフォトリアルには程遠い、プリミティブな立方体の組み合わせぐらいしかできませんでした。それでも充分魅力的な映像になっているのは、制約の中でシンプルな形状を組み合わせたデザイナーの功績でしょう。

それは、すでに紹介した『ブレードランナー』(1982)で肥大化し退廃した近未来の都市や空を飛ぶ自動車を手がけたシド・ミード。『ブレードランナー』の過剰なまでのディティールの積層の対極に位置するような世界を『トロン』では構築しました。

また、クラシカルなアレンジの船外活動服を手がけて『エイリアン』(1979)に参加したフランスのバンドデシネの旗手、ジャン・メビウス・ジローがデザインしたコンピュータワールドの住人の衣装。さもコンピュータが組成していそうな幾何学的なパターンが描かれた衣装を着た俳優や内装をモノクロ撮影してから、1コマずつ紙焼きして加工し、アニメーションと同じ要領で着色し再撮影して、コントラストが高く光った紋様に仕上げています。そのデザインからハイテクで作られているように見えましたが、実はとても原始的だけどとてつもなく手間のかかる手法で作られていたのです。

「凄いデジタルな内容をアナログで描き切る力技」と樋口真嗣、絶賛。黎明期CGも、クリエイターのセンスと融合すれば劣化していない!【『トロン』】_2
確かにバンドデシネ(フランスのコミック)の1コマ風な『トロン』
©Mary Evans/amanaimages

それでも本物のコンピュータを使って画像を作るよりも低いコストで、いかにCGが高嶺の花だったのかが伺い知れますが、そのイメージが、もしかしたらコンピュータで生成した画像で実現できる現在よりも、異様なグラフィックで構成されたデータのみの世界に説得力を持たせていました。