一切の驕りなく去りゆく「世界的スーパスター」の余韻

「これはとても美しく情熱的な挑戦だ」

遡ること約5年前。ヴィッセル神戸への加入に際し、アンドレス・イニエスタはそんな言葉で日本、Jリーグでの新たな挑戦を表現した。

撮影/高村美砂
撮影/高村美砂
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「一番大事なことは、たくさん練習し、多くを学んで、チームに貢献すること。日本の文化に溶け込み、生活を楽しみ、プレーを楽しみ、早くヴィッセルの一員になりたい」

画面の向こうで見ていた世界的スーパースターと、目の前でとても謙虚に、穏やかな表情で語るイニエスタをうまく重ねられず、ヴィッセルのユニフォームに身を包む彼を不思議な気持ちで見ていたのを覚えている。その日から、Jリーグで、ヴィッセルでイニエスタがプレーするという夢のような出来事が日常になった。

ホーム戦、アウェイ戦に関係なく、彼の行く先々でチケットは完売。スタジアムは満員に膨れ上がり、その目の前で彼も柔らかなボールタッチから驚くようなパスを繰り出した。Jリーグの舞台でも決して目立たない小柄な体から、だ。

ルーカス・ポドルスキからのアシストでJ1リーグ初ゴールを決めた18年の第21節・ジュビロ磐田戦も、同年の第31節・名古屋グランパス戦で、寸分の狂いもないループパスからそのポドルスキのジャンピングボレーシュートを演出したシーンも……。挙げればキリがないほど、そのプレーは衝撃的で、美しかった。

そんなプレーの凄さを今さらここで説明するまでもないが、驚いたのはそれらがサッカーへの真摯な姿勢とリスペクト、努力の積み重ねで成り立っていたことだ。

戦うステージの大きさ、チームの人気に関係なく、彼は常に自分が所属するクラブに最大限のリスペクトと愛情を注ぎ、仲間に信頼を寄せた。そこに世界的スーパースターとしての驕りは一切感じなかった。残念なことに、彼の加入によってすぐさまチームの成績が右肩上がりになることはなく、2018年のJ1リーグも10位に甘んじるなど、彼のキャリアでは経験したことのない多くの敗戦を味わったが、決してネガティブな言葉を発することもなかった。

「ヴィッセルへの加入を決断した時から、楽な挑戦になるとは思っていませんでした。ですがサッカーも、人生も、楽なことばかりが続くわけではなく、いい時、悪い時の浮き沈みは必ずあります。それを自分自身が素直に受け入れ、より強い気持ちで立ちあがろうとすることが大事だと思っています」

J1リーグで5連敗を含む6戦勝ちなしの状況下で行われた囲み取材でこう話した言葉が印象に残っている。