杉田水脈議員「33万円賠償命令」に思うこと

アルゼンチンから帰国して1か月も経たない5月30日、大阪高裁が自民党の杉田水脈衆議院議員に対し、「控訴人の名誉を棄損する不法行為」があったとして33万円の賠償を命じました。この控訴人とは『教育と愛国』に登場する大阪大学教授(取材時)の牟田和恵さんです。

ジェンダーに関する論文などで慰安婦問題を研究対象にしたため、「反日研究」「反日学者」と杉田氏からSNSで槍玉にあげられて、科学研究費に「不正経理」があるとデマを流されたことに対し、牟田さん側が名誉を傷つけられたと民事訴訟で争っていました。全面敗訴の一審を覆す高裁の判決言い渡しに牟田さんは当初、喜びで涙を流しました。

牟田和恵さん(中央)
牟田和恵さん(中央)
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ところが、判決文を読むと無念な思いにもなります。不法行為の認定が「不正経理」と根拠なく発言した部分にとどまり、慰安婦問題の研究をめぐって「ねつ造」「反日」と繰り返した言論は公益目的とみなされる、と記してあったのです。判決文はこうです。

「(杉田氏のジェンダー・男女平等・慰安婦問題に関する)当該価値観は杉田氏を全国民の代表者として選出した一定数の国民により支持されているのであって、その価値観に基づき意見を述べることは、なお公益を図ることを目的とするものと認められる」

政党政治はその時々の多数決ですが、学問は決してそうではありません。歴史を都合よく改ざんする政治家を国民が支持するからと言って、改ざんしてよいとの価値観を是として公益と認めてよいでしょうか。私がインタビューを申し込んだとき杉田氏は「科研費に詳しくないので」と取材を拒否、発言の説明責任さえ果たそうとしませんでした。

公益意見以前に、ただ政権の意に沿わない研究者たちを攻撃していたとしか思えません。学者バッシングを目的とする政治家と真実への探求を第一に考える学者、両者の言論を等価に扱っていると言わざるを得ない判決内容に対し、社会に対する体幹が弱い、と思わず言いたくなったのでした(この裁判は、原告と被告の双方が上告しないと決定したため高裁判決が確定)。

歴史から学ぶならば、真の学問は自由が保障されてこそ成り立ちます。日頃から政治にモノを言うことこそ、世界基準のはずなのです。「反日学者」と誹謗を続ける無責任な政治家を放任するこの現状をBAFICIで出会った人びとに伝えたらどう答えるでしょうか。

旅で出会った人びとはきっと声をあげるに違いないと私は思うのです。「権力が自由を奪おうと襲ってくるならば、さらにもっと体幹を鍛えて踏ん張れ!政治介入に毅然と抵抗し続けて!」と。

文/斉加尚代


映画『教育と愛国』公式WEサイト
https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

何が記者を殺すのか
大阪発ドキュメンタリーの現場から
著者:斉加 尚代
ドキュメンタリー『教育と愛国』は南米アルゼンチンでどう受け止められたか?&杉田水脈議員「33万円賠償命令」に思うこと_7
2022年4月15日発売
1,034円(税込)
新書判/304ページ
ISBN:978-4-08-721210-5
久米宏氏、推薦!
いま地方発のドキュメンタリー番組が熱い。
中でも、沖縄の基地問題、教科書問題、ネット上でのバッシングなどのテーマに正面から取り組み、維新旋風吹き荒れる大阪の地で孤軍奮闘しているテレビドキュメンタリストの存在が注目を集めている。
本書は、毎日放送の制作番組『なぜペンをとるのか』『沖縄 さまよう木霊』『教育と愛国』『バッシング』などの問題作の取材舞台裏を明かし、ヘイトやデマが飛び交う日本社会に警鐘を鳴らしつつ、深刻な危機に陥っている報道の在り方を問う。
企画編集協力はノンフィクションライターの木村元彦。
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