「日本の若者は、本当に三島に心酔したのか?」
映画祭の授賞式は、マラドーナが所属したボカ・ジュニアーズというサッカークラブを擁するボカ地区のアートセンターで開催されました。レッドカーペットはなく、受賞者たちが壇上でスピーチする姿に笑いが起きたり、歓声が湧いたり、格式張らない演出の流れは心地よく満たされる時間でした。
フィナーレは全員が舞台上で記念撮影へ。チーム『教育と愛国』ブラボー!と声を張り上げたくなる感動を味わいました。コンペ部門のグランプリに輝いたのは、ロシアの反戦運動で弾圧される若者たちをドキュメントしたフィンランドの女性監督でした。国際映画祭の醍醐味は、他国の監督たちとの交流だと聞いていましたが、確かにアルゼンチンやウルグアイなど様々な国の監督たちと貴重な対話ができました。
特にデンマーク人のクリスチャン監督との対話は印象深いものでした。脚本家でもあり、今回審査員も務める彼は、三島由紀夫の小説が好きだと言って、「日本の若者は、本当に三島に心酔したのか?」と、ともに自害した森田必勝の話題にまで及びました。究極の選択である三島の自死のかたちに日本の美学やアイデンティティーを探そうとしたのでしょうか。
国家主義に殉じて切腹した三島のような生き方に若者はいまも憧れるのか、つまり「忠君愛国」は現代社会において復活できるのか、と聞かれたように私は感じました。
デンマークの公教育は、ひとりひとりの子どもの個性を尊重しすぎて先生が疲弊しているらしく、彼は「日本の集団主義と足して2で割ったら素晴らしい教育になる」なんてジョークを飛ばします。そして「教育とナショナリズム」はいま非常に重要なテーマだと説き、「ポーランドやハンガリーも政治介入で歴史の改ざんが起きている。危険だ」と憂いていました。
滞在はわずか5日間だったものの、先進国の論理、とりわけ米国一辺倒に陥りがちな日本の在りようを見直す視点になりえると感じました。ドキュメンタリーというフィールドを倒れないよう走る、貴重な体幹を与えられたと自身で思うのでした。
こうして二項対立では溝が深まるばかりで解決しないこの社会において、谷間のようなグラデーションに位置する国の人びとの視点をすくって、共感と行動をもたらす作品が存在すべきだと強く感じたのです。対立を生みだす大国の覇権主義や憎悪を煽動する排外主義を超越する思考の体幹がそこにあるのではないでしょうか。