伝説のハードコアバンド、メジャーで大躍進したバンド……
筋肉少女帯、グール、ケンヂ、原爆オナニーズ

1枚目!
筋肉少女帯
「とろろの脳髄伝説」
(コンパクトアルバム 1985年リリース)
筆者イチオシ曲『釈迦』

再注目の機運高まる1980年代邦楽インディーズの世界を知りたかったら、この10作を聴け!_2

有頂天のKERAが主宰するインディーズレーベル、ナゴムレコードからリリースされた、筋少のファースト音源。シングル盤のサイズだが4曲入りで、通常の45回転ではなく33回転で再生する変則盤。のちのメジャー展開後にも再録された代表曲『釈迦』が一曲目に収録されている。ライブ時の写真を使ったインパクト抜群なジャケットも相まって、高校時代の僕は度肝を抜かれた。
裏ジャケのクレジットが大槻ケンヂではなく、当時のアーティスト名である「おーつきモヨコ」となっているのも感慨深い。

2枚目!
GHOUL(グール)
『OI! OI!』
(シングルソノシート 1985年リリース)

再注目の機運高まる1980年代邦楽インディーズの世界を知りたかったら、この10作を聴け!_3

隻腕のボーカリストMASAMI(故人)が率いた、伝説に残るバイオレンスなパンクバンド・グールによる、片面だけに刻まれた1曲入りソノシート。ハードコアパンクに分類されることが多いグールだが、この曲は比較的ポップで聴きやすい曲調で、曲名からも分かるように、グール流のOi!パンクを追求していたことがうかがえる。喉から搾り出すような独特すぎる歌声は、英語のようにも聞こえるが、MASAMIの作る曲に歌詞はなく、即興のスキャットである。

3枚目!
KENZI
『Oh! My Cat』
(シングル 1986年リリース)

再注目の機運高まる1980年代邦楽インディーズの世界を知りたかったら、この10作を聴け!_4

KENZI & THE TRIPSとしてメジャーデビューする前年に、KENZI名義で発表されたインディーズ3rdシングル。この頃、インディーズシーンにおけるKENZIの人気は絶大で、ラフィン・ノーズ、ウィラード、有頂天のいわゆる“インディーズ御三家”を、猛烈な勢いで追いかけていた。インディーズブーム後期からバンドブーム期に隆盛となる、ビートパンクの先駆けとなったバンドとしても知られる。
KENZIの粘っこいボーカルスタイルは、唯一無二のものだった。

4枚目!
the 原爆オナニーズ
「ESSENTIAL」
(ベストアルバム 1988年リリース)
筆者イチオシ曲『発狂目醒ましくるくる爆弾』

再注目の機運高まる1980年代邦楽インディーズの世界を知りたかったら、この10作を聴け!_5

1982年に結成し、一度も解散することなくコンスタントに活動を継続。決してメジャー展開することなく(バンド名からしてできるわけないが)、ひたすらインディーズ界に身を置き続ける原オナは、世代を超えて若いパンクバンドからリスペクトされる存在だ。インディーズブーム最中に発表されたこのベストアルバムには、先発のシングルやアルバムから抜粋した初期代表曲が並ぶ。『発狂目醒ましくるくる爆弾』は、今もライブでダイブする者が続出するテッパン曲。