苛立ちともどかしさ

シーズン前哨戦、昨年10月のジャパンオープンでイリア・マリニン(アメリカ)のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)が話題になり、記者から質問を受けたときも宇野の答えは淡々としたものだった。

「初めて生で見て、すごく安定していて、試合で入れられる完成度だなと思いました。自分も現状維持では置いていかれるはず。

成長する余地があるからこそ、そこを見せられたらなと。僕も気持ちはまだ若い(笑)」

世界王者は困難に遭遇するたび、自らと対峙し、乗り越えていった。ジャパンオープン、グランプリ(GP)シリーズのスケートカナダ、NHK杯で優勝も、本調子だったわけではない。

11月、札幌で開催されたNHK杯の公式練習で宇野はトーループやフリップが決まらないことで勇み立ち、浮足立っていた。

曲かけ練習はフリー『「G線上のアリア」+「Mea tormenta, properate!」』を滑ったが、ジャンプで転倒。束の間、氷上に寝転んだ。

「自分は練習で、『今日はこうしよう!』とやりがいを感じ、ワクワクするんです。その感覚が、スケートカナダが終わってからなくなっていて」

大勢の記者たちに囲まれ、マイクを右手に持って話す顔は浮かなかった。

「ジャンプはやっても毎日、違う跳び方になってしまい、反映したい技術がトライしてもできないことに苛立ちを感じています。練習していても、これは意味ないなって。

思い通りにいかない苛立ちやもどかしさが、公式練習でも出ていました。一昨年(2020年)、昨年(2021年)と積み上げてきた基準を下げたくなかったんで、ずっとイライラとしていましたね」

その日、宇野はレストランでランビエルコーチと話し合ったという。「時間ある?」と誘われたのは初めてで、それだけ切迫した様子だったのだろう。

「完璧を求めすぎるな。一つひとつやった先に、それは待っている。目指すものではない」

宇野はランビエルに面と向かって言われて、冷静にスケートと向き合えるようになったという。靴の調整もうまくいかず、万全ではない焦りもあった。

「(成功した)4回転フリップはこっち(札幌)に来て練習で一度も跳べず、試合だけ跳べたもので。ただスケート人生で長くフリップを練習してきた賜物だとも思います。

トーループは失敗しましたが、なんで失敗?とは思っていません。6分間練習で靴のひもが硬かったのをゆるめた結果、フリップはうまくいって、トーループはうまくいきませんでした」

宇野は順序立てて語ったが、論理的思考が彼のスケートを整理する。死にもの狂いだが、投げやりにはならない。王者の矜持だ。

勢いを駆って、GPファイナルでも宇野は優勝を飾っている。世界最強の「自分」と戦い続けてきた彼に敵はいなくなっていた。