3人の抜きつ抜かれつの結末は…
そして最終日。3人組の一人、中島は他の2人から2時間半ほど遅れて大浜海岸に姿を現す。
富士見峠に深夜到着後、気絶するようにベンチ下で眠りこけ、起床してトイレの鏡に映った自分の顔を見ると、血まみれになっていてぞっとした。ヒルが口や腹、足の各所に吸いついていた。
「ヒルは2桁超えましたね。まじかよって。吸うと太くなるんですね。唇と同じような硬さになってて、俺の唇が取れて黒くなったのかと思っちゃいました。レース中の流血量だったらトップかもしれませんね」
中島はヒルを片づけた後、ロード上で「力を込めてどうしても伝えたい」と話し出した。
「TJARって、今の子どもたちの世界から失われていく“リアル”が詰まっているレースです。ザックに衣食住を背負って大自然の中を駆け巡って、ご飯を作ったり、テントを立てたりする。子どもたちには『外に出ると寒いな』『テントを立てるのは大変だな』『ご飯は美味しいな』とか、そういうリアルなことを自分の体で感じてほしいと思ってるんですよ」
その“リアル”には、なんでもないところで転んで、目の前が崖、もう少しで滑落、という場面も含まれてはいるが、それも含めての冒険、である。
「終わりますね。そして、また何か始まるんですね。この大会で大切な、同じ志、目標、感覚を持った仲間に出会えたので、この経験を支えに今後の人生も豊かにしていけたらと思います」
一つのチャレンジを身をもって体験し、最後まで成し遂げたことで、生徒たちにその思いをしっかり伝えることができるようになったのではないか、という手応えが得られた中島。
最終盤、市街地に入ってからも律儀に話そうとする中島にディレクターの瀬川が伝える。
「もうお話ししなくても大丈夫です!サービス精神はなくても!!」
「カメラ向けられると、なにか言わなきゃ。慣れてないんで」
その中島には沿道の観客から三々五々、応援と大浜へのルート情報が飛び込む。だが、右に行け、左に行け、地下を通れ、距離はこのくらい、と話す人ごとに全然違う情報が耳に入り、かえってわからない。試走をしていなかった中島にとって、静岡駅は恐ろしい。思考能力が低下している中で、複雑な道順を整理して、進むべき方向を決める演算処理を行なうリソースが脳内にもはや見当たらなくなっていた。