自立するとは、どういうことなのか

——『200m先の熱』は、タワーマンションの下のほうの階で、和裁の仕事をしながら1人で暮らす28歳の吉家紬(きっか・つむぐ)が主人公の物語です。もうすぐ連載開始から3年が経ちますね。

はい。今回は最終回までの長いストーリーを作った状態で始めました。何となく、この作品は集大成のような気持ちで描いているんです。最初の連載である『ハツカレ』の成分も、その後の『菜の花の彼-ナノカノカレ-』の成分も入っていますし、今感じていることも入っています。

——登場人物の年齢は違いますが、今回も桃森先生の作品ならではの濃い読み味は共通していて、とても楽しく拝読しています。

ありがとうございます。この話はキャラクターにそれぞれモデルとなる人がいます。それは自分の周囲の人や遠くの人など様々なんですが、実際に体験したり感じたり話を聞いたりしたことが元になっています。そして「こうだったらいいな」と読者が思ってくれる夢の要素と、リアルに感じられる部分とのバランスがうまくとれればと思って描いています。

——コツコツと着物を仕立てている紬、現在の恋のお相手で売れっ子劇伴作曲家の平良連太郎(ひらら・れんたろう)、幼なじみのエリート会社員・真霜知哲(ましも・ちてつ)、とそれぞれに仕事を頑張っている姿ややりとりを見て、やる気が出たり、救われたりする人も多いと思います。

「自立するとはどういうことなのか」を、ふわっと頭に置きながら描いていて。お金を稼いで、自分一人の力で生活をしていくことだけが自立とは言えないと思うんです。そういう意味で、現時点では紬は一番自立していると言える人物なんだ、と意識して描いていますね。

何かがあったときに強い、今あるものの中でしっかり生きていける人…その工夫ができるのが、自立している人だと私は思っています。ないものをいつまでも求めず、あるものを活かしてやっていける人ですね。物質的な意味だけでなく、才能、環境、すべてにおいてです。

【漫画あり】リアルな“大人の三角関係”にハマる、タワマンが舞台のラブストーリー『200m先の熱』作者・桃森ミヨシ「本作は集大成だと思って描いています」_1
平良が長年抱えていた苦しみを、同じ職人でもある紬の言葉が溶かしていく
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——とても明快ですね。以前からそのように思えていたのでしょうか。

私自身は、ないものねだりをするような人間なのですが…そういう人とずっと一緒にいて憧れてきた、というのはあります。ただ最近は、昔のように「あの人はできるのに、なぜ私はできないんだろう?」と比べたりしなくなりましたね。年を取って丸くなったというのもありますが…吹っ切れたのかな(笑)? 多分、徐々に削ぎ落されて残ったものが自分なんだ、と受け入れるようになったのかな。

——第5話(コミックス2巻収録)では、平良が紬に映画衣装の仕事を紹介した理由が、真霜への対抗心があったと明かされるシーンがありますが、紬は突っぱねたりせず、そのまま引き受けます。そのうえで、プロフェッショナルとして働くのを見て、なんてかっこいいんだろうと思いました。

紬が自分の力を高みに置いていたら「施しは受けない」みたいな意識になったかもしれないですが、与えられるものは受け取って、助けられる部分は助けてもらって…と柔軟にやっていける人のほうが生きやすいし、いい仕事をする気もするんですよね。驕ってしまったらダメなんですけれど。

今は気づいていないですけど、紬は、今の場所に来られるまで、実は真霜くんにもいっぱい助けられてきたんですよね。そこに気付いたときにどうするんですかね?というところもこれから描いていきます。

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