撮らなきゃ「もったいない」

「ええっ! 登ってしまったか!」登山歴2年の若者・栗城史多がマッキンリーで起こした奇跡_4
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栗城さんは、マッキンリーの頂上でガッツポーズを見せている。

「マッキンリーにカメラを持っていったのは、登頂した証拠を残すためでした。撮ることを意識するようになったのは、次のアコンカグア(6959メートル)からですね」

「だって、もったいないじゃないですか? こんなに苦労して登っているのに誰も知らないなんて」

登山の過程を自撮りする理由を、栗城さんはそう語った。私は彼の言葉に納得がいった。取材する人間の心情に近い気がしたのだ。

マッキンリーに登った半年後の2005年1月、栗城さんは南米大陸最高峰アコンカグアに向かう。撮影された映像を見ると、栗城さんが「シーンを作ろう」と意識しているのがわかった。

この登山で栗城さんは、肺水腫にかかってしまう。気圧が低いため毛細血管から水が染み出て肺にたまる、高山病の一つだ。息が苦しくて3日間動けなかった。テントの中でひたすら腹式呼吸を繰り返す自分の姿を、栗城さんは映していた。

《苦しいときこそ見せ場だ、カメラに収めなければ……》

そんな思いが伝わってきた。

ルートで一番の難所は、斜度60度の氷河の壁だった。壁の上から下へカメラをゆっくりパンダウンして、傾斜の強さをしっかりと映像でわからせた。そこに自ら語りを入れている。

「ここで滑ったら谷底まで落ちてしまうでしょう」

壁を登っていく汗みずくの顔も自撮りしていた。このとき栗城さんは、自分の上を別の登山者が登っている幻覚を見たそうだ。気圧が低いと、肺もそうだが脳にも水がたまる。「幻覚を見たのは軽い脳浮腫を発症していたからだと思う」と語っていた。

アコンカグアの山頂には、鉄製の十字架が置いてある。栗城さんはその十字架を起こすと、恋人のように胸に抱いた。

「もうダメかと思ったね」

文/河野啓 写真/pixta shutterstock

「ガイドにも伝わりますよね、『こいつはニセモノだ』って」死後も登山仲間たちが栗城史多を語りたがらない理由

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場
著者:河野 啓
「ええっ! 登ってしまったか!」登山歴2年の若者・栗城史多がマッキンリーで起こした奇跡_5
2023年1月20日発売
825円(税込)
文庫判/384ページ
ISBN:978-4-08-744479-7
第18回開高健ノンフィクション賞受賞作
「夢の共有」を掲げて華々しく活動し、毀誉褒貶のなかで滑落死した登山家。
メディアを巻き込んで繰り広げられた彼の「劇場」の真実はどこにあったのか。

両手の指9本を失いながらも〝七大陸最高峰単独無酸素〟登頂を目指した登山家・栗城史多氏。エベレスト登頂をインターネットで生中継することを掲げ注目を集めたが、8度目の挑戦となった2018年5月21日、滑落死。35歳だった。彼はなぜエベレストに挑み続けたのか? そして、彼は何者だったのか? かつて栗城氏を番組に描いた著者が、綿密な取材で謎多き人気クライマーの真実にせまる。
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