初々しくまっすぐなエゴ

「ええっ! 登ってしまったか!」登山歴2年の若者・栗城史多がマッキンリーで起こした奇跡_2
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6月9日。栗城さんは22歳の誕生日を、マッキンリーの標高4330メートルのキャンプ地で迎える。悪天候でテントには強風が絶え間なく吹きつけていた。

翌日の10日も稜線は厚い雲に覆われていた。他の登山隊に動く気配はない。だが、栗城さんは勝負に出た。風はさほど強くなかった。あさってには晴れるはずだ、と確信してテントを畳んだ。「ヘイ、ジャパニーズ・ボーイ、これから上がるのか?」と驚いた声が近くのテントから上がった。

だが、思わぬミスを犯してしまう。標高5150メートル地点にデポしてあった荷物を取り出そうと、ピッケル(つるはしのような金具がついた杖。氷雪を削って手や足をかける場所を作るなど用途は多い)で雪をかきわけた際、誤って燃料ボトルを突いてしまったのだ。穴が開いて中の燃料がこぼれ、半分の量になった。燃料がなければ暖をとることも、雪を溶かして水を作ることもできない。

心は下山に傾きかけた。しかし……。

『「誰かのために登るのではない、自分のために登るのだ」そう自分に言い聞かせ、僕は部室を去ったことを思い出した』(『一歩を越える勇気』)

彼はこの5年後「冒険の共有」を叫ぶようになるが、このときは「自分のために登るのだ」と初々しくまっすぐなエゴを見せている。

次の日は予想に反して大雪だったが、その翌日、テントの外は朝から晴れ渡っていた。登り始めて16日目の6月12日、17時10分。栗城さんはマッキンリー山頂に立った。