ボクシング業界を変えた裁判の影響
2018年7月、斉藤の請求は認められず裁判で敗れた。
しかし、ボクシング界ではタブー視されていた選手の移籍は、この裁判によって「所属先の承諾は不要」と判断され、慣習が見直された。その後、公正取引委員会の指導もあり、最長3年の契約期間が過ぎれば自由に移籍が許されるようになった。
斉藤は2018年の裁判後、現在の一力ジムに移籍した。以降、他の選手の移籍も活発になった。
「業界を変えたと言われますが、裁判を起こしたのは自分のためです。また、Aジムの会長のことは恨んでいませんし、感謝の気持ちの方が大きいです。小さい頃は自分の第二の父親だと思っていたので、裁判によって、会長が変わるきっかけになればいいと思っていました。僕は会長の優しいところもたくさん知っていますから」
会長とは裁判中に一度だけ顔を合わせて以来、会っていない。
裁判のことも含めて、これまでのボクシング人生にほとんど後悔はない。それでも、「1つだけやり直せるなら」と今でも思い返すことがある。
「父親は小学校のとき一家がバラバラになったあと、ホームレスになったと母親から聞いていました。自分がボクシングを頑張れば、お父ちゃんが会場に見に来てくれて、もう一度家族がひとつにまとまると信じてやっていたんです。でも、2008年の新人王決勝戦の2日前に心不全で亡くなったと連絡があり、結局一度も会えなかった。心が折れると思って自分は告別式にも出席しなかったのですが、今でもそのことを後悔しています」
昼はジムのトレーナー。夜はコンビニで働く。コンビニがない夜はロードワークに出る。走っているとベンチで寝そべる父親の姿がまぶたに浮かんで、ぽろぽろと涙で前が見えなくなる。
働ける時間が減り、復帰にあたって収入は減った。それでも近くに住む母親の介護、体にハンデのある奥さんのサポート、子ども3人の育児、とすべて後悔がないように全力で取り組む。超多忙のなか、子どもの通う保育園や小学校のPTA会長も務める。
「妻は色々やり過ぎだと怒っています」
2022年11月の復帰戦は試合どころか練習も7年ぶりだった。当日150人の応援団は日本タイトルに挑戦したときより多かった。ただ、前ジム時代のスポンサーはひとりもいない。代わりに子どもの小学校の校長先生、地域ボランティアの人たち。そして昔から応援してくれている友人たち、中学時代にお世話になった保健室の先生の姿もあった。
「いつまでボクシングをやれるか、わかりません。でも、目の前の試合や目標にひとつずつ一生懸命取り組んでいきたい」
2023年3月24日、斉藤の復帰第2戦が行われる。
《斉藤司・試合情報》
試合日程:2023年3月24日(金)
試合会場:後楽園ホール
対戦相手:ポアンチャイスリトーン(タイ)
チケットはコチラ→斉藤司ホームページ
取材・文/田中雅大 撮影/岩田慶(fort)