試合後のボクサーとは思えない顔
6月7日、さいたまスーパーアリーナ。地下にある無機質な会見場にも、超満員だった観客の興奮と熱気が伝播していた。会見場の席はすべて埋まり、記者や関係者が立ったまま並んだ。
しばらくすると、俄かに通路が騒がしくなる。昔の知り合いとの再会だったのか、やや高い声が響いて、チャンピオンになった井上尚弥(29歳、大橋)が室内に入ってきた。
「最高の日になりました」
壇上で席に着いた井上は冒頭の総括で簡潔に語って、笑みを洩らした。その顔は肌艶も良く、試合後のボクサーとは思えないほどきれいだった。背後に飾られた本人のパネル写真と変わらない。
記者からの質問を待つ間、井上は右手でペットボトルを取って、ゆっくり口に水を含む。さあ、何でも聞いてくれ。その余裕が見え、マイクを握る手がどこか浮き立った。
WBA、IBF、WBC世界バンタム級の3団体統一戦、WBAスーパー&IBF世界同級王者の井上が、WBC同級王者ノニト・ドネアと2年7カ月ぶりに対戦した。結果は、2ラウンド1分24秒TKO勝利。井上はこれで23戦無敗となり、日本人初の3団体統一王者となった。
試合はほとんど一瞬で終わったが、そこに井上というボクサーの歴史的強さが凝縮されていた。
井上は、布袋寅泰の「キル・ビル」のギター生演奏の昂揚が残るリングに上がった。生気に満ち、緊張もリラックスもしていない。その間にある高い集中力を保っていた。心の揺れが少しも見えず、それは一つの境地に達した者だけが出せる気配だろう。落ち着いて見えるが、同時に殺気も漂い、肌が粟立つ凄みがあった。
「ドラマにするつもりはない。判定ではなく、KOで倒す」
井上はそう宣言していた。
2年7カ月前のドネアとの対戦、井上は2ラウンドに左フックで右目を負傷し、8ラウンドには鼻血も噴き出し、本意ではない“流血戦”となった。11ラウンドの左ボディでダウンを奪い、判定で勝利を収めた。結果的に、ボクシング界の歴史に残るドラマになった。
しかし、本人が求めたのは圧勝だ。