「文化VS産業」という分断をどう埋めるか

レジー:僕自身、ファスト教養的なものをめぐる姿勢に関しては、日々引き裂かれているような感覚があるんです。たとえば、ファスト教養と親和性のあるメディアに関する話を会社でちょっとシニカルにしようとしても、その文脈がまったく伝わらず、むしろみんな意外と普通に読んでるんだな、と気づかされることがある。

でもそれがリアルだよな、とも感じます。三宅さんもたしか、IT系の会社に勤められてたんですよね。

三宅:そうです。本をじっくり読んだり書いたりする時間がとりづらいなと思って、つい最近、専業になったんですが。自分がふだん文章を書いて活動している場と会社とではまったく空気が違う、というのはたしかにすごく共感します。

レジー:会社だと、できるだけ早く効率的に成果を上げるという姿勢も少なからず必要になってくるじゃないですか。本をじっくり読んで味わうという、書評家として大事にされている姿勢とはギャップがあるのではないかと思うのですが、ふたつの文化圏の間で悩まれたりすることってありませんか?

三宅:そうですね……個人的には、何かをじっくり読むことと早く効率的に情報を手に入れることは、そこまで対立しないんじゃないかと思ってますね。現代社会に適応するための知識を集めることと、社会そのものを俯瞰することって、実際には両立するじゃないですか。

レジー:はい、そうだと思います。

三宅:どっちも大事だよね、と思うんですが、そういうスタンスの人が少なくて、そのふたつが分断されてしまっているのが問題なのかなと。

ふだん本を読まない方からの「本ってなんのために読むんですか?」みたいな質問に、人文界隈の人が「なんのためにならなくても読むんです」と答えているのをよく見るけれど、目的がなければ本を読みたくないという意見も、みんながここまで忙しく働いたり生活したりしている以上、前提として受け入れなくちゃいけないと思うんです。それを頭ごなしに否定するのはあまりにも上から目線だな、と思います。

レジー:たとえば音楽の世界でも、売れるためのマーケティングに積極的なアーティストがことさらに叩かれる傾向っていまだに強いなと感じます。本当はそのふたつ、文化と産業をどう繋いでいくかを考えていくべきなのに、どうしても文化VS産業のような対立構造になってしまう。

三宅:そうですよね。ただ、個人的な感覚としては、文化と産業のバランスを自分の中でちゃんととっている消費者って意外といると思っていて、どちらかというと、日本の作り手の側にそれが少ないのかなと。

たとえばNetflixのコンテンツがここまで支持されているのは、文化と産業のバランスをうまくとって楽しんでいる視聴者に刺さるような、クオリティの高いコンテンツを作っているからという側面もあると思うんです。

そのふたつのバランスがとれたクオリティの高い作品を提供できる作り手が増えれば、受け手の側にも、そういう層がより増えていくんじゃないかと思いますね。

レジー:ちょっとでも「お金のにおい」がした瞬間に、もうこれは自分たちのものじゃない、とコンテンツを拒否する人が作り手にも受け手にも一定数いますよね。

あとは、そういったクオリティの高いコンテンツに対して、批評的な文脈をいっさい参照せず、ただ表面的にわかってる風のことを言う拡散力のある人の意見ばかりが広まってしまう、という問題も存在しているように感じています。

一方で、文脈や背景を理解していて実際にそのコンテンツを批評する力のある人は、遠巻きにそういう状況を見て冷笑するばかりで何も言わないなんてことも少なからずある。この分断をどうやって解消すればいいんだろう、とよく考えます。

三宅:たしかに日本における「文化人」枠が、なにかを強い言葉で言い切るビジネスマンか、お笑い芸人の方だけになってますもんね。それ自体が悪いわけではないけれど、それ以外の人がほとんどいないのはどうしてなんだろうと思います。

レジー:そうなんですよ。海外に目を向けると、たとえばアメリカではオバマ元大統領が音楽や映画のお気に入りリストを発表するじゃないですか。もちろん文化に対する彼の感度が特別に高いという部分はあるとは思うけれど、ああいうのを見てしまうと、日本のビジネスや政治を引っ張っている人たちの文化の理解度・許容度の低さにガクッときてしまいます。

麻生太郎が『ゴルゴ13』を読んでるとか、そういう話ばかりになってしまう。『ゴルゴ13』の良し悪しではなく、何かこうもっと決定的な差を感じてしまうというか……

三宅:もちろん漫画にも素晴らしい作品はたくさんあるんですけどね。特にいまは、人気のある漫画を読んでいても、作者の方が非常に高いクオリティのものを書きながらも、同時に大衆的な支持を集めていることが多く、救いだなと思います。

ただ、もっと若い世代の人を見ていると、最近は漫画を読んでいる人すら少ないなと……。やっぱりコロナの影響もあってか、多くの人の情報源が、ここ1~2年で急速にYouTubeに変わってきているのを感じます。

レジー:そうですね。やっぱり時間がないし、みんな忙しいという。緊急事態宣言のとき、ひろゆきのYouTubeチャンネルの切り抜きが一気に増えたりしたのも、需要をダイレクトに反映していたんだろうなと思います。

三宅:ここ数年でひろゆきさんとか成田悠輔さんが一気に脚光を浴びるようになったのって、コロナでマッチョイズムに疲れた人が多いことも影響しているんじゃないか、と最近思います。すこし平熱というか、熱血さのないものがウケるようになってきたのかなと。

レジー:ひろゆきって極端なことを言うイメージがあるかもしれないけど、本を読むと、「『貯金はするな』みたいな意見は極端だから、ちゃんとしたほうがいい」みたいなことを書いていて、意外とふつうなんですよね(笑)。

三宅:ひと昔前は「とにかく会社を辞めろ」みたいな極端なことを言う人がウケていたかもしれないけれど、いまは「会社にいるのも得だよ」のほうがウケますよね。コロナ禍で空気が変わったのを感じます。

「ファスト教養」と「読書する時間がない時代をどう生きる?」問題について_3
レジー氏