学びの場を仮想空間に「引っ越し」
「メタバース(Metaverse)」は、コンピュータとネットワーク上に構築された仮想空間と、そのサービス全体を指す注目のキーワードだ。明確な定義はないものの、オンラインで結ばれた3D空間内で自分のアバター(分身)が自由に行動でき、他のアバターともコミュニケーションが取れるのが現在の一般的なメタバースのイメージとされている。
すでにオンラインゲームやバーチャル空間で交流できるSNSなど、メタバースを体現するさまざまなプラットフォームが展開され、仮想店舗やバーチャルイベントなどのビジネスや遠隔医療など、新たな可能性を探る動きが世界中で加熱している。
こうした中、今年7月21日に東京大学が発表した「メタバース工学部」プログラムは多くの耳目を集めることになった。「学部」と言っても東京大学を受験して入学する正式な学部ではなく、主に中高生とその保護者や教師、工学系のキャリアを目指す学生、社会人の学び直しやリスキリングを目的としたオンライン教育プログラムの総称である。
メタバース工学部プロジェクトの責任者である東京大学大学院工学系研究科長の染谷隆夫教授(以下、染谷教授)は、次のように話す。
「現在東京大学で行われている講義の99%以上は、東大生に向けて提供されているものです。より多くの人に学んでもらいたくても、学内外の規制や教室のキャパシティなどの制約によって定員を自由に増やすことはできません。しかし、メタバースであれば、年齢も性別も所属も、文系や理系といった枠組みも関係なく自由に学びの場に参加できるのです」
メタバース工学部の設立趣旨には、「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と社会的包摂)の推進」と「DX人材の育成」が掲げられている。誰もが平等にデジタル技術によって最先端の工学や情報理論を学び、自らの夢を実現できる社会を目指すことが大きな目的だという。
「現代はデータサイエンスやテクノロジーなしには成立しない社会です。近未来に必要となるメカニズムを知らなければ、理想の未来を描くこともできないでしょう。テクノロジーを作る人と使う人が協力して一緒に未来へ進んでいくには、多様な価値観やライフスタイルを持った人材の参加が必要です。また、均質な価値観を持った集団では起こりにくいイノベーションを創発したいという狙いもあります」
メタバース工学部では、中高生とその保護者が主な対象となる「ジュニア工学教育プログラム」と社会人と学生向けの「リスキリング工学教育プログラム」の2つを中心に開講した。
それぞれのプログラムの内容について見ていこう。