職務質問という差別
提訴し、原告と被告との間で書面が交わされ、裁判所が判決を出す。公共訴訟のこの大きな流れの周りには、隣には、裏側には、無数のストーリーがある。それは例えば、原告にならなかった人たちのストーリーだ。
「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」は、外国ルーツを示す見た目に基づいて職務質問をしている警察の運用を問う訴訟だ。警察はそんな運用はないと否認し、私たちは外国ルーツの人たちの経験に基づいて実際にそれが行われていると立証しようとしている。
Bさんは、この立証のために職質経験の証言を寄せてくれた一人だった。
Bさんは日本の大学に留学に来ていたアフリカ系のアメリカ人だった。Bさんは友人と一緒にコンビニに行き、その帰り道に警察官から職務質問を受けた。何も怪しい行為をしていないのに、道を歩く他の日本人は止められていないのに、止められ、失礼な言葉でプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれた。大好きだった日本が、ワクワクしていた滞在の経験が、突如暗転した。
何かできないだろうかと言う彼に、苦情申出という制度があることを伝えると、やりたいとのことだった。私たちは、彼や一緒にいた友人から詳細な話を聞き取り、苦情申出書という書類にまとめ、一緒に警察署に届けに行った。
正直、この手続きの最中、Bさんが熱心とは感じなかった。話している内容には嘘がないと感じたが、言葉数は少なく、連絡も付きにくかった。手続きを希望したものの、途中から面倒になってしまったのかな、そう思ったりした。だから、書類を出しに行った日の夜、彼から長く熱いメールを受け取ることを全然予想していなかった。メールには、感謝の言葉とともに、こんなことが書いてあった。
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今日、警察署に苦情申出書を一緒に提出しに行ったことは、私にとってとても大きな転機で、大切な出来事でした。
あなたたちが、私のために作ってくれた苦情申出書の写しは、日本で得たとても大切なものとして持ち帰ってとっておくつもりです。もしかしたら、ありふれたただの書類だとお思いになるかもしれません。でも違うのです。私にとって、それは不正に立ち向かう勇気と決意の象徴なのです。私が声を上げ、また、皆さまのように私たちが望む世界の変化そのものになろうとする人々がいるということを、常に思い出させてくれるものとなるでしょう。
私の母はずいぶん昔日本で少し働いていたことがありました。母は、空港に到着した時に人種差別的なことを空港の人からされたそうです。しかし、母はそこで抗議しなかった。そして、何も言わなかったことをずっと後悔していたそうです。ですから今日、私がきちんと声を上げたこと、不正に立ち向かったことを母は非常に誇りに思い、心から喜んでいます。
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この申し出の結果は、何ヶ月も経ってから私の事務所に郵送されてきた。調査したが何ら問題がない行為であった、そんな一文が書いてあった。つまり、この申し出によって警察の職務質問の運用は何も変わらなかった。
しかし、もっとずっと大きなことを変えたのではないかとも思えてくる。彼の心に刻まれた声を上げることの意味は、今後消えることはないだろう。母から子に伝えられたこの大切なメッセージは、今度は彼からきっとまた誰かに伝えられるだろう。法学部に通う彼は、今度は誰かの大切なものとなる書類を代理人として書くことになるかもしれない。
声を上げた原告たちの勇気が、人々に伝播する。それを支えようと集まった人たちのアクションが、また次のアクションへとつながっていく。公共訴訟とは、既にそこにある権利の有無を問うだけのものではない。人々のあいだで権利や意志が立ちあがり、連鎖していく、そのための場を作っていくことでもあるのではないか、そんなことを思う。













