「今より少しでもマシな社会にするため」
なぜ弁護士になったのか、と聞かれると少し困る。
正直なところ、はっきりした理由がない。大学を出て会社員になったものの、おかしいことはおかしいと言ってしまう性格が仇になり、3年ほどしか続かなかった。
経験やスキルがないまま無職になった私は、人生を「一発逆転」するために司法試験に挑戦することにした。法学部も出ていないのに。もちろん、法廷を舞台に社会を変えてやろうなどと大それたことは思っていなかった。弁護士になりたての頃は刑事事件の弁護ばかりやり、勾留されている依頼者に会うために大阪じゅうの警察署をはしごする日々だった。
一つひとつの事件がその人や家族の人生を左右する、重い仕事だった。
転機はタトゥーの彫師を弁護した事件。「タトゥーの施術は医療行為にあたる」として、医師免許のない彫師たちが次々と摘発された。私は常識に反していると思った。何千年もの歴史を持つ文化的な表現行為が、法律の解釈ひとつで突然犯罪にされてしまうなんて理不尽だ。
しかし、一審は有罪。世間は驚かなかった。「どうせそうなる」と思っていた人も多かっただろう。
でも私たちは諦めるわけにいかなかった。医学や社会学、刑法、憲法の専門家とともに根拠を積み上げ、タトゥーと医療行為の本質的な違いを論じ続けた。
大阪高裁で逆転無罪を、最高裁でその維持を勝ち取ったとき、私の中で確信になったことがある。法律とは、本来そういうものなのだ。自由を狭めるのではなく、社会の理不尽を正して自由を獲得するための道具であるはず。
粘り続けて、裁判所を動かす。個人の問題を解決するだけでなく、社会の常識そのものを変えるために司法を使う。公共訴訟と呼ばれるその手法に、わくわくした。
それ以来、性風俗事業者への給付金差別を問う弁護団に加わり、今は母体保護法の憲法訴訟で闘っている。なぜ弁護士になったのかと問われてモゴモゴしていた私が、「今より少しでもマシな社会にするため」とはっきり言えるようになった。一件一件の裁判が、私自身を作り直してきた。
『はじめての公共訴訟』は、そんな経験と確信から生まれた入門書。公共訴訟の歴史と構造、日本でなぜ件数が少なく勝ちにくいのか、データが示す現在地、新たな市民の連帯まで、四人の著者が多角的に論じた。
法廷は、法律家だけのものではない。声を上げ、立ち上がり、裁判を通じて社会を変えた一人ひとりが、じつは私たちと同じ、市民だった。この一冊が、あなたと法廷の距離を少し縮めてくれたら、うれしい。
文/亀石倫子
◆告知◆ 6/3(水)19:00〜 亀石倫子×朱喜哲 新刊W刊行記念トーク ―バラバラな世界で共に生きるための公共訴訟
6/7(日)16:00〜 『はじめての公共訴訟』刊行記念 亀石倫子xダースレイダー 社会を動かすための私たちのツールを考える












