見たものの価値は自分で決めていい
津村 他にもいっぱい好きな短歌があって〈決済が完了しました。」 いま声を出せば天使のようなファルセット〉もめっちゃわかるやんって。これはコンビニですか?
岡野 そうですね。コンビニとかで聞く「決済が完了しました」の声。
津村 あれ、ローソンだけ異常にエモく喋りません?
岡野 声も「ローソンブルー」って感じしますよね。支払ったカタルシスを演出してくれてるんだと思うんですけど、過剰ですよね。
津村 百円ぐらいのものを買って、妙にきれいな声で喋られると「そこまでしなくても」という何とも言えない気持ちになります。レジの音声なんか別になんでもよくて、実際電車の券売機の声に感想はないじゃないですか。普通のノーマルな女性の声で、不快でもないし心地よいとも思わない。それに対してコンビニはなんか変ですよ。イントネーションにやり過ぎ感がある。
少し話は違いますけど、YouTubeを見てると、あらゆるジャンルの動画に「ずんだもん」とか「四国めたん」の声が使われてて、あれもすごいなと思います。リアルの、ある駅前でも聞いたことがあって、なんか読み上げてて、あの声が「国民的な声」みたいになってる。八〜九割ぐらい違和感のないイントネーションで話すんですけど、一~二割もやもやして、でもそのもやもやも使い勝手の良さに駆逐されていくんかなと思います。YouTubeをずっと見てる人だったら、一日AIの音声しか聞いてないとかもありそうですよね。外国の人はあの声のこと、どう思ってんのかな。それとも、それぞれの国に優勢な音声があるのか。「いらすとや」の絵が街に溢れてるのに気づいた外国の人はどんな気持ちになるんだろう、とかもよく考えてます。
岡野 不思議でしょうね。
津村 「いらすとや」の絵って、ほぼ日本のインフラになってますよね。
岡野 国芳の浮世絵ぐらいの流行の仕方。
津村 「いらすとや」さん自体は「TACOるトランプ」までイラストにしてしまうすごいイラストレーターではあるとはいえ、そういう記号化した何かを、まったく知らん状態の人が見たらどう思うんやろうとか、コンビニの決済音声から派生して考えました。みんな当たり前のこととして流してるけど、知らん人が見たり聞いたりしたら不思議やなってこと結構あると思うんですよね。私は駐車場の「空」「満」を、何を表しているかわからんふりをして、何が「空」なのか、何が「満ちる」なのか、駐車場の前を通るたびに考えるんですね。これも誰にもしたことない話ですけど、岡野さんの短歌を読むと、「そういう風に思ってていいんや」と肯定された感じがするんですよ。
岡野 ありがとうございます、嬉しいです。僕、初めて短歌に出会った時に、「短歌ってこんなしょうもないことでも光らせていいんや」って感動したんですよ。「しょうもない」だと言葉が悪いですけど、それが津村さんが言ってくれた「人生の小さい部品」かもしれないです。津村さんの小説にもそういう「しょうもない」「小さい部品」がたくさんちりばめられてるじゃないですか。それが僕が津村さんの作品を好きな理由だと思います。
津村 「決済が完了しました」という音声を聞いて、何かを思って短歌にする。その時、岡野さんはその音声を聞きなさいとは言わなくて、何を見ても聞いてもいいし、その時に何を感じてもいい。見たものの価値を、自分で決めていいと言ってくれてる感じがするんです。
岡野 小説もそうかもしれないですけど、短歌はあんまり「これはいいでしょ」みたいにプレゼン的に書くのはよくない。「こんな石拾ってきた」みたいなんでいいと思っていて、とにかく読者に差し出すということを心がけてます。
津村 他人がそれをどう思うか、他人にとってエモいかエモくないかではなくて、自分が見て何を思うかが大切なんですよね。これは、生きていることに対する肯定とか希望のある感覚だなという風に思います。人生というと大げさだけど、岡野さんの作品には、生きることを豊かにしてくれるヒントが溢れている気がしますね。
岡野 僕も津村さんの小説のすごく好きなところをもう一つ話してもいいですか。久々に会う友達がいるとして、僕は、その人と会ってなかった時間にその人がどうやって生きていたのかということよりも、僕と会うちょっと前、二〇~三〇分前に何をしてたのかの方が気になるんですね。
津村 結婚したとかいう大きな出来事よりも、さっきコーヒー屋で何を飲んだかとかが気になるってことですか?
岡野 まさにそうですね。その友達は僕に会う前にも、普通に生活をしてるじゃないですか。会ってなかった時期のその人のことより、僕と会った後、どんなことを考えながら帰るんやろうとか。津村さんの小説はそういうところに軸足があると思います。登場人物が過去にどういう生き方をしたかではなく、今を書くことで、その人の背景が見えてくるような書き方をされる。それがすごい好きです。
津村 ありがとうございます。今回の歌集の中で、〈折りたたみ椅子をひらいて閉じるまでの長い一日 早い一生〉が、私は一番好きでした。私たちは連続した二十四時間を生きているのではなく、この場所に来た時間とか、電車に乗っている時間とか、家に帰ってからの時間とか、それこそ「今」に全部分割されているような気がしていて。その小さい「今」の断片の積み重ねが、生きていることなんじゃないかと思いました。
岡野 津村さんがこの短歌を選んでくださった理由がわかる気がします。津村さんの物語の登場人物たちは、何を食べるかで迷ったり、聴きたい音楽について考えたり、まさに「今」を重ねているから読んでいて楽しい。実は僕、津村さんの作品に出てきた楽曲でプレイリストも作ってるんです。なので、次作も楽しみに待ってます。
津村 そんなことしてはるんですか! それは嬉しいです。ありがとうございます。
(2026.3.5 大阪にて)














