世界の「奥行き」を感じるために
津村 「月と駐車場の光が写真に写ったのを見たら、駐車場の光の方が月の正当な大きさである気がする」と思うこと自体は、別に素晴らしいことではないんですけど、だからと言って、覚えていない方が良いわけではないですよね、絶対に。見たものの意味と言うと重くなるんですけど、人間が幸福になるために積み重ねていく小さい部品のように思えるんです。〈涅槃図に西日〉もそうだし、〈海沿いのライブハウスにいたことがようやく気持ちにくる帰り道〉とかもね。これはZepp Osakaからの帰り道ですよね?
岡野 さすがですね。Zepp Osakaももうなくなりましたが、あそこは帰りに「海におったんやなあ」って気づくんですよ。ライブ前はライブのことで頭いっぱいで、海を意識してない。
津村 大阪湾沿いの夜の雰囲気が伝わってきます。あの辺り、ライブに行った人がみんな歩いてるから、怖いところではないですけど夜はめっちゃ暗いですよね。帰りの中央線沿線はたぶん港湾関係の会社が多くて、いろんな国とやり取りしてるから、遅い時間までビルの窓には電気がついていて、その明かりを見るのがめちゃくちゃ好きでした。
岡野 ぼんやりライブの余韻もあるから、いつもとは違う見え方でね。
津村 祝福の気持ちがあったんでしょうね、働いてる人に対しても、自分に対しても。働いてる人たちからしたら、早く帰れって感じでしょうけど。ありふれた言い方ですが、ライブに行くと世界の解像度が上がる、よく見えるようになって、それを全部見ておこうという気分になるんですよね。今もやっぱりライブ終わりにビルの写真とか撮ったりしますよ。一五階建てのビルの七階にだけ電気がついていたら、ビルの案内図を見て「なんでついてるんやろう」と調べてみたりします。ライブ帰りは時間が遅いから、特にそれぞれの営みが浮かび上がって見えますね。
岡野 ライブの帰りってちょっと浮かれてるし、確かにどの場所でもそうかも。
津村 やっぱり世界は奥行きがあって広いんですよね。それは世界の果てまで行くとかじゃなくて、電車賃二百円以内の場所であっても、自分をいろんな気持ちにさせてくれる。それって、すごい希望のあることですよね。これはライブハウスじゃなくて映画館の話ですが、〈スクリーン6へ短い階段を行きながら盛り下がりつつある〉も、シネコンの通路で映画への気持ちが盛り下がる感じ、めっちゃわかるんですよ。
岡野 「もうええわ」ってなるんですよね。
津村 シネコンの通路はなんであんなに3Dダンジョンみたいなんですかね。チケットをもぎってもらってからスクリーンまでがなんであんなに遠いんだろう。私の観る映画だけなのか、いつも一番奥のスクリーンに通されるんですよね。
岡野 ポップコーンとジュースを買うと、映画館の椅子に置けるトレイに入れて渡されるじゃないですか。あれサイズの割にすごく軽いから持ち運ぶのが怖いんですよ。その緊張感もあるし、スクリーンまでの道のりで疲れてきて「もうなんかええわ」になる。
津村 他の映画のポスターが通路に貼ってあるのを見ながら、何しに来たのかよくわからんくなるんですよ。岡野さんはこういう瞬間に忘れないようにメモを取ってますか?
岡野 スマホに取ってますね。メモがあると安心というか、そもそも思いつくものは三分ぐらいしたら忘れそうなことだから書いておかないと。人と一緒にいてもちょっとごめんって言って、メモします。
津村 私もスマホにメモを取るんですけど、今ちらっと見たらお買い物メモばっかりや……。でも、おもしろいので言うと、イラストレーターの北澤平祐さんが坪田譲治文学賞を受賞された『ユニコーンレターストーリー』の中で、早生まれがちょっとだけテーマになっていて、お会いしたときにその話をしたら、「バンドは全部早生まれに見える」という話に展開して盛り上がりました。フー・ファイターズは逆に四月生まれっぽいぞとか。この話がおもしろくて、もっと考えようと思ってメモしてますね。
岡野 おもしろい。たしかに言われると、フー・ファイターズは四月生まれっぽい気がする。デイヴ・グロールのせいなんですかね。
津村 デイヴだと思いますよ。ニルヴァーナでドラムやって、曲がすごく書けて、かつ今ちゃんと生きてて今も一線にいるっていう。北澤さんはデイヴが二十年ぐらい不倫してたのを残念がってたけど(※ネット記事では十五年とあったそうです)、二十年も同じ人と不倫するのもすごいと思うし、あの世代の人って結構亡くなったりしてるじゃないですか。サウンドガーデンのクリス・コーネルとか、リンキン・パークのチェスター・ベニントンとか。自分らが世代ど真ん中で聴いてたような人たちが結構亡くなってるんですよ。そうなると、生き残ってちゃんと売れてるデイヴ・グロールって、やっぱすごいなってことになるんかな。
岡野 生きてるだけで価値がありますね。リンキン・パークも、こんだけ売れてて死ぬのかって結構ショックでしたね。
津村 売れることは人を幸せにはしないのかなと思ったりしましたね。
岡野 短歌を始めたての頃に〈また一人僕のCDコレクション内から自殺者が出た模様〉という歌を作りました。この時は、エイミー・ワインハウスが亡くなって悲しくて。
津村 北澤さんは、パール・ジャムはちゃんと生きてるし、ずっとちゃんとしてるって言ってはりました。
岡野 パール・ジャムもかっこいいですよね。
津村 デイヴ・グロールが四月生まれっぽいの他に、スマッシング・パンプキンズは三月っぽいともメモしてますね。
岡野 スマッシング・パンプキンズが三月っぽいのは、ジェームス・イハがいるからでしょうね。
津村 うんうん。この話、考え甲斐があるんですよ。
岡野 考え甲斐ありますね。バンドの中には、四月生まれのくせに「三月生まれのフリ」してるやつもいそう。
津村 コールドプレイとかかなあ。
岡野 絶対四月ですよね、賢いもん。ほぼ偏見ですけど(笑)。
津村 賢いですよね。全部偏見です。コールドプレイはおそらく四月か六月なんですけど、感性としては三月生まれを演出できていて、三月生まれっぽさで売れたみたいなね。
岡野 考えるの楽しいですね。ファウンテインズ・オブ・ウェインは本当は三月やけど、四月っぽくやらないとって四月然としてる気がするな。四月に憧れてるというか。
津村 ファウンテインズ・オブ・ウェインは、折り目正しい感じに惹かれているというか、隙を見せないように過剰に頑張ってる感じがありますよね。
岡野 初期の頃は音も軽くて、ペイヴメントみたいに力が抜けていて、でもそこからポップ職人になっていった。音楽にちゃんと自分たちも合わせていった感じがして好きですね。














