音楽という「豊かな体験」

津村 電車の短歌で、〈四人とも天才 弱冷車に移って続きから 四人ともが天才〉があるじゃないですか。これ、音楽聴いてるところで合ってます?
岡野 そうですね。最初はホームで「このバンドは四人とも天才やな」と思っていて、弱冷車に座って落ち着いて、「やっぱ四人とも天才やわ」ともう一回再確認するみたいな。
津村 音楽を聴きながら街をうろうろする人にとって、この短歌は本当にわかる。弱冷車の席はちょっと混んでるんやろな。音楽がなければイライラするかもしれないけど、音楽を聴くことそれ自体が幸福なので、怒ってない。そんな風景が浮かびます。
岡野 これ僕のイメージでは、聴いているのはザ・ストーン・ローゼズなんですよ。
津村 そうかなあと思ってました!
岡野 「イアン・ブラウンって歌下手やけど、でも逆に上手いよな」「ギターもやっぱうまいよな」「ベースもええな」とか。この感覚は、音楽がそばにある人なら、わかってもらえるかもしれないです。
津村 よくわかります。この「弱冷車に移る」という日常動作をしながら「四人とも天才」とか音楽のことを思っている感じ。自分の日常が言葉に固定されてるのが、すごく感動的だと思いました。
 音楽を聴いてると、もしかしたら普通の人がどうでもいいと思うようなつまらない風景でも底上げされる。そうやって底上げしないと生きていけなかったからそうしているところもあって、少し情けないけれども。私はずっと、音楽を聴きながら近所のスーパーとかをうろうろするのが好きです。
岡野 僕もすごく好きです。ほんとに普通の散歩道も音楽があるだけで変わりますもんね。最近、外の音も聴きながら歩けるイヤホンがあって、あれも最初つけた時感動しました。好きな曲をBGMのように聴きながら、街の音も聞こえるから。
津村 〈会いたくて会いにきたひとイヤホンのコードを指に巻き取りながら〉で、有線イヤホンを出してくれはったことも嬉しかったです。私はいまだ有線イヤホンユーザーなので。
岡野 僕は両方使ってますけど、有線好きです。ワイヤレスの方が技術的にはすごいんでしょうけど、なぜか有線の方が不思議なんですよね。線の中を音が通っているというのが。
津村 なんと言っても、充電せずに使えますしね。私はズボラやから充電することができない。いろんな人がワイヤレスイヤホンしてるのを見て、「充電できるなんてみんな几帳面やな」と思ってます。電車の中で横柄な若い男の子がワイヤレスイヤホンしてたら、「家帰ったら充電してるんや、本当はまめなんやな」と思うし、有線イヤホンをつけてる人がおったら、全然関係ない人でも「おおらかでいい人やろな」みたいに思ったりする(笑)。
岡野 僕もカバンに有線を一本は入れときたいです。ワイヤレスだと人が多い所とかで音が途切れるけど、有線は絶対聴けるから。
津村 私はカバンごとに有線イヤホン入れてますよ。安いし、iPod買ったらついてきたりもするから集まってくる。それをカバンごとに入れといたら、どのカバンで出かけても音楽が聴けてすごい安心する。
岡野 結局は有線が便利なんですよね。津村さんは今でも新しい音楽を探して聴いてるんですか?
津村 今も探してます。もう四十八歳なんで、これまで聴いてきた音楽だけで生きていこうと思えば生きていけるんですけど、〈夜の0時にNew Releaseの通知が届く〉じゃないですけど、Bandcampというインディレーベルの音源を買える音楽アプリから通知がくるんですよ。「みんなこれだけ曲をリリースしてるんやから、ちゃんと聴けよ」みたいに言われてる気がしますね。
岡野 ずっと新しい曲を聴き続けてますか? 会社で働いてる時とか聴かなくなりませんでしたか?
津村 なりました。就職活動の時は、「みんな職があるくせになにを不幸なふりをしているんだ」「私は不幸な死に方をした人の音楽しか聴かない」と完全にひねくれましたね。それまでは英語圏のバンドを聴いてたのに「就職の内定が取れない気持ちなんか、この人たちには絶対わからない」とか言って(笑)。その頃は、クラシックとイースタンユースばっかり聴いてました。それからYouTubeが薦めてくる音源を聴いたりして、数年に一バンド覚えるみたいな程度で過ごしてたんですけど、コロナ禍に家で聴く用と、外出用のイヤホンを分けて以来、また異常に音楽を聴くようになりました。Bandcampに登録したのもその頃です。
〈タワレコがまだある十一月にだけクリアに思い出せる街角に〉は、タワーレコードがどんどんなくなってることが背景にあるでしょ?
岡野 そうです。僕、心斎橋のタワレコとヴァージン・メガストアでCD買ってたんですけど、両方とももうなくなってしまいました。梅田大阪マルビル店もなくなりましたね。
津村 関西で音楽聴く人なら、どのタワレコを根城にしていたか話しますよね。ちなみに私はマルビルでした。天六で働いてたから、東梅田から西梅田まで歩く時の間に寄れたんですよ。
岡野 あそこもよかったですよね。ワンフロアだから見やすくて。
津村 それと、難波の無印良品の上にあった難波店もよく行きました。あそこももうないのかな。二十三時とかまで営業してたんですよ。二十三時までCDを買いたい人がいたんですよね。
岡野 僕の根城だったタワーレコード心斎橋店は、近くにディスクユニオンやレコード屋もあって、よくハシゴしてました。中でもタワレコは三フロアぐらいあって、インディーズのものもいいのが並んでたんですよ。二階が電子音楽で……とか、そういうのほんと覚えてます。このCDはあの店で買ったなとか覚えてませんか? 僕「このCDは第三ビルの地下の中古屋のあの棚や」とか、そこまで覚えてます。
津村 たしかに、CDは覚えてますね。今はBandcampでどんどんダウンロードして新しい曲を聴いてますけど、そういう感覚がなくなったのは寂しい。岡野さんが〈配信やサブスクが主流になる中で、製品として形のある音源は「フィジカル音源」と呼ばれるようになった。反射的に「身体」を想像するから、この呼び方はいまだにぴんとこない〉と書かれてますけど、音源ではなく、CDを買う行為こそが「フィジカル」ですよね。シチュエーションまで覚えている。
岡野 記憶してますね。それこそフィジカルだと思います。
津村 タワレコは店員さんのポップでもよくCDを買ってました。立って知らん音楽聴くのが嫌で試聴機は苦手なんですけどね。家で聴きたいと思ってしまう。岡野さんは試聴機使って聴いてました?
岡野 ヘッドフォンのイヤーパッドの合皮がボロボロの時あるじゃないですか、あれだけは嫌でした(笑)。それに僕もそんな長くは聴かないですね。聴く前からポップ読んだだけで買おうって決めてることが多かったです。
津村 タワレコのポップ文化いいですよね。「おすすめの曲 M2&M4」とか書いてあって。ああいうポップを書く店員さんは偉かったですね。
岡野 そう思いますよ。「今年最高のM8必聴!」みたいな。買って騙されたと思う時もあるんですけど、やっぱりお金を払ってるから、しぶとく聴く。そうすると結構良くなってくるんですよ。
津村 そうそう。こっちもお金を払ってるから、できるだけいいところを探すんですよね。そういう緊張感があったのかな。考えてみたら、ただCDを買うだけなんですけど、すごく豊かな体験だった気がします。ヨドバシも、タワレコも二十代から三十五歳ぐらいまでの原風景に近いですね。岡野さんの短歌で、両方をうろうろしていた自分が肯定されてるような気持ちになりました。ちなみに私が最後にタワレコで買ったCDはリヒテルのボックスセットやったと思います。十四枚で一四〇〇円台とかやったんですよ。
岡野 信じられへんぐらい安いCDありましたね、時々。
津村 ああいう物としての安さを感じることも今はもうほとんどないですよね。サブスクで聴く方がボックス買うよりお得なんでしょうけど、安いから買ってみるという体験はなくなってしまった。
岡野 関西の人しか言わないかもしれませんけど、安く手に入れられると「タダみたいな値段やったわ」とか言ってちょっと自慢する。それは「物があるのに、タダみたいな値段」と言うことであって、ネットで売ってるデータに対してそうはならない気がします。

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