津村記久子(左)、岡野大嗣(右)
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夜なのに夜みたい
著者:岡野 大嗣
定価:1,870円(10%税込)

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岡野 津村さんとは三年ぐらい前に、大阪のスタンダードブックストアで一度対談させてもらったんですが、もっと喋りたいなと思ってました。
津村 あの時は、スタンダードブックストアの店主である中川和彦さんも含めて、音楽の話で盛り上がりましたよね。すごい面白かった。
岡野 今日は、僕が津村さんのことを意識したきっかけの新聞記事を持ってきました。二〇〇九年に津村さんが『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞された時の、日経新聞夕刊のインタビュー記事です。
津村 めっちゃ昔の記事ですね!
岡野 この中で津村さんが、デビュー当時の中村一義さんが音楽雑誌のインタビューで話した内容に触れておられて。「自分に才能があるかどうかは意識しない。本質的に曲をつくりたい」と一義さんが淡々とした態度で答えていたことについて、津村さんが、「ありのままの自分を表現しようと音楽づくりに臨む姿は刺激になりました」と話されています。
 中村一義さんのこのインタビュー記事は僕も読んでいて。当時まだ二十歳前後かな、表現することへの憧れがあったから刺激をもらった。でも、僕は津村さんと違って、もらった刺激を「自分もやってみよう」という気持ちに変換できなかったんです。それから二十代で働き詰めになり、ある日、仕事で日経の記事をスクラップしているときに津村さんのこの記事を見つけたんです。実際に短歌に出会うのはもう少し後ですが、津村さんを通して、一義さんの言葉にあらためて出会えたことが、創作への気持ちを再燃させてくれたという実感があります。一義さんのインタビュー、『ROCKIN’ON JAPAN』じゃなかったですか?
津村 自分は『rockin’on』のディスクレビューで『金字塔』を知って、図書館に『ROCKIN’ON JAPAN』を読みに行きました。すぐCDを買いに行きました。歌詞を読んで「ようやく日本語で自分たちの苦しさを歌ってくれる人が現れた」と衝撃を受けました。
岡野 そうそう。「犬と猫」の歌詞は今読むとなお「今の時代そのものやん」と思うし、歌い出しの「どう?」には、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」の「Hello」を感じて興奮したのを覚えています。
津村 それまでは英語を母国語とする人の曲を聴いた時に「自分のことや」と思っていたのが、ようやく日本語で出てきた感覚だったんですよね。少し前の世代の方は、ザ・ブルーハーツの名前を挙げると思いますが、私はまだ小学生だったので。
岡野 そうですね。僕もブルーハーツは大人になってから聴いてます。
津村 歳いってから聴いたらやっぱりブルーハーツはすごいんですけど、私にとっては中村一義が思いを代弁してくれる初めての日本のアーティストでしたね。世界観もそうで、ジャケットの佐内正史さんの写真を見て「これをいいと思っていいんだ」と感じたんですよ。でも、あの感じを岡野さんもずっと表現してはると思います。『夜なのに夜みたい』にも、中村さんや佐内さんを彷彿とさせる文章がありました。

 スマホで撮ると小さくなると知りながら、大きな月は記録したくなる。その夜の月は、見たままに近い大きさで写せた。どうして上手く撮れたのか。それは月ではなく、駐車場の照明がふくらんで写っているだけだった。実際の月は照明のふくらみに小さく見切れていた。写真と肉眼に差がありすぎる。肉眼に映る月こそがリアルというより、写真と肉眼の間に、差を埋める景色があるような気がする。間違って月になった駐車場の照明が、その瞬間の差分として最もリアルな月の姿だった。

 この文章を読んで、まさに佐内さんの写真みたいやと思ったんです。中村さんの『金字塔』のジャケットも、塔のように見えるものは、煙突を背景に灰皿の上に立てられているタバコ。佐内さんは定義から外せる人というか、それこそ駐車場の照明を撮影して、全然知らん人に月ですよと言って見せることができる人で、この文章もそれに近いですよね。
岡野 嬉しいです。佐内さんにはすごく影響を受けてると思います。実は昨年、佐内さんと『あなたに犬がそばにいた夏』という本を一緒に作りました。佐内さんは感覚を大切に話される方という印象があって、物の見方が新鮮。先入観でラベリングしないというか。

「人生の「しょうもない」ことを光らせてもいい」岡野大嗣×津村記久子『夜なのに夜みたい』刊行記念対談_3

大阪だから生まれた表現

津村 物の見方で言うと、〈ヨドバシのひとが深夜に起きている深夜をゆくと人が瞬く〉という短歌もよかった。岡野さん、前の対談でも、ヨドバシのエスカレーターで聞いた「ヨドバシって、いつ来てもクリスマスの匂いせえへん?」って女の子たちの会話の話をしてたでしょ。岡野さんにとってヨドバシカメラは観察地点のひとつなんですか?
岡野 よく覚えてますね(笑)。梅田のヨドバシは日本一でかくて、誇らしくて、よく見てますね。東京で秋葉原のヨドバシにも行きましたけど、梅田のヨドバシでしか得られない感覚があります。この短歌は、そんな梅田ヨドバシで二十四時間開いてる、ネットで注文した品を受け取れる場所のことです。夜、その場所だけぽっかり光ってるんですよ。深夜でも窓口には人がいて、椅子がいっぱい置いてあって、お客さんは病院みたいに呼ばれるんですけど、天国の待合室みたいで。そこを起点に、数少ないけれど街ゆく人が光り出すような。
津村 私たちくらいの年代にとって、二十代の一番苦しい時に梅田ヨドバシができたんですよね。岡野さんがどうかはわからないですけど、私はしんどい時に、ヨドバシとかホームセンターとかいっぱい物があるところに行くと、浄化されるのか気が楽になります。
岡野 めっちゃわかります。なんでも売ってるし、情報量が多くて「みんないろんなものに興味あるんやなあ」と思って、落ち着きます。
津村 食べ過ぎて苦しい時にショッピングモールをうろうろ見て回ったら回復したって話も聞いたことがあって、それに近いニュアンスを、岡野さんがするヨドバシの話に感じるんですよ。物の救いというかな。その感覚を集約してるのが、女の子の言った「クリスマスの匂い」。
岡野 なるほど。僕、「クリスマスの匂い」は大阪だから聞けた気がしてます。大阪は会話といってもめいめいに「思ったから言う」みたいなところがあるじゃないですか。短歌ってそういう、閉じられていない独り言みたいなものと相性がいいと思っています。たとえば「家電量販店特有の、新しいプラスチックの匂いや明るい照明は、子どもの頃にプレゼントを買ってもらったワクワク感を想起させる。だから、たとえ真夏であっても、ここは私にとってクリスマスの象徴的な空間なのだ。」と説明してしまうと言葉の魔法が消えちゃうけど、「クリスマスの匂いせえへん?」はみずみずしい。
津村 「クリスマスの匂い」って言われても、ヨドバシはキョトンとするでしょうけど(笑)。
岡野 それこそ津村さんの『ウエストウイング』に出てくる地下道のモデルは、ヨドバシの近くにあった「梅北地下道」ですよね? 
津村 そう。一駅分くらいあるめっちゃ長い地下道で、何年か前までは「グランフロント大阪」と「梅田スカイビル」を徒歩で行き来するにはこの道を使うのが一番の近道だったんですよ。
岡野 僕、一時期「梅田スカイビル」に仕事で通っていたので、読んですぐにわかりました。津村さんの作品は大阪の場所が出てくるのが嬉しい。地名が出てこなくても、「あの辺のあの感じだろうな」ってわかるのが、大阪の人にとってはたまらないです。
津村 あの地下道を通るたびに「ここが水で埋まったらどうなるんやろ」とか、橋の上に作られた街を描いたウィリアム・ギブスンの『ヴァーチャル・ライト』みたいになればいいのにと考えていて『ウエストウイング』を書いた感じですね。最近「クインテット」(「小説すばる」連載中)では京都のことを書いてます。
岡野 ヨドバシも短歌にされている方、他にもいますよ。〈ヨドバシの前のみじかいエスカレーターかわいいな 忘れてしまう〉っていう。橋爪志保さんの『地上絵』という歌集に収録されています。これ、たぶん、京都のヨドバシのエスカレーターだと思います。「これほんまに必要?」ってくらい短いのがあって。
津村 京都でヨドバシは行ったことなかったな。京都駅は伊勢丹の大階段がとにかくすごくて、あれを見たときに「関西で一番都会はここや」と思いました。神聖というか、南アメリカ文化の祭壇に近い感じ。長堀鶴見緑地線の心斎橋駅もそれに近い感じありますよね。地上からホームまで五階層くらいあって、歩いていると巡礼に近い感覚になります。
岡野 長堀鶴見緑地線は東京で言えば大江戸線になるのかな。地下深いんです。最初に働いていた会社が長堀橋で、同期の子と毎日心斎橋駅の長い階段のところから帰ってたのを思い出します。