日本で出産を経験し、見えてきたものとは?

年収600万円でも月5千円が上限となるドイツの医療制度、厚労省が「世界に冠たる」と自画自賛する日本の国民皆保険制度は本当に優秀か?_3

――どの国の政治システムや医療保険制度も、それぞれ長所と短所があると思うのですが、マライさんは数ヶ月前に日本でお産をして、ドイツのサービスや費用と比較してどう感じましたか?

ドイツでは助産師が人手不足状態で、労働条件を早急に改善しなければ、安全に出産できる環境が崩壊しかねません。幸運なことに、2026年の春に政府がやっと動き出しました。

私は日本で出産したんですが、選んだ病院も良かったので最高の医療ケアを受けることができました。特に助産師さんたちは「神かよ、あなたは!!」(笑)みたいな人ばかりで、全部面倒を見てくれました。だから出産は最高だったんですけれども、退院する際にすごい金額が発生することがとても残念だなと思いました。

日本では、出産は病気じゃない、と言うんですけど、でも赤ちゃんにとっても産む側にとっても本当に命がけの行為で、とてつもなく病気に近い何かなんですよ。出産は人類の起源以来ずっと続いていることなので、放置しておいても勝手に産まれるのかもしれませんが、でもその場合は死亡率も上がりますよね。だから、出産は絶対にメディカルなものなんですよ

――ドイツだと出産費用はどうなんですか?

ドイツでは検診も出産も、妊娠に関わることすべてに自己負担は発生しません。日本でも50万円の補助金は出るんですが、私の場合は東京で出産して90万円くらいかかったので、結局50万円近くを払いました。いろんなことにお金がかかるのはもちろん理解しているんですけれども、社会を支える一員を増やしたことでなぜそんなにペナルティにも見えてしまいそうな負担がかかるのかな、と考えるとちょっと悲しくなりますね。

この件に対してすごく強く言いたいのが、東京で産むと追加負担が発生するけれども、地方によっては出産補助金の50万円でお釣りが来る場合もあるらしいということです

――地域や病院によってかかるコストが違うから。

そうなんですよ。私は東京に住んでいて東京にしか家がなくて、地方に親戚や実家があるわけでもないし、出産のためにわざわざ地方都市に行くのも変な話だし……。住む場所によって高額の追加費用が発生してしまうことがよくわからないんですよね。出産は、本当に地域格差が激しい。

逆に東京都の場合だと、子育て支援や018サポート(18歳までの子供にひとり月額5000円が支援される仕組み)などもあるんですけれども、それは東京に財源があるからできることであって、違う都市に同じ支援がないのはアンフェアだな、とも思っちゃうんですよ。自分がもらえるからいいや、とは思えないんですよね

――産科の危機的状況や地域格差は、よく指摘される問題ですね。

ドイツももちろん完璧ではないですよ。さっき言ったように、助産師さんの待遇改悪や人手不足の問題があってけっして理想的ではありません。でも、日本の出産に対する考え方は『ちょっと根本的に変えません?』って感じちゃうんですよね

――日本もドイツも改善点がたくさんあるという指摘はそのとおりだと思うのですが、では両国の医療や社会保障制度を考えると、ドイツと日本のどちらでお子さんを育てたいと思いますか?

私はこれからも日本にいて子育ても日本でするし、うちの近所にある小学校に通わせたいなとも思っています。ただし中学生以上、たとえば大学生になるとドイツの方が自由度は高いかもしれない。大学も無償なので、ぜひドイツの大学に行ってほしいと今は思っていますね

――社会の安心度や安全、ケアのレベルは両国で大差はないんでしょうけれども。

たしかにどっちもよく整っているんですよ。でも、雰囲気が違うんです。夫がガンになったときは日本で手術を受けたんですが、たぶんドイツでも日本でも治療のレベルは同じで、どっちも非常にいいんですよ。だけど、その時に金銭的なことを考えなければならないのかどうか、というところが違うんですよね

――日本はやはりお金がかかりますか。

夫は会社員で生命保険にも入っていて、入院して手術も受けて、その後のがん治療もあったので、高額療養費制度で自己負担がすごく減るのかと思ったらそうでもなくて、生命保険に入っていて良かったと思ったんですよね。だから、『安心感を別のところで買わなければいけないかも……』という謎のプレッシャーがあるのが日本なのかな。

もちろんドイツでも生命保険はあるんですが、どちらかというと死んだら子供と妻・夫にお金が残ります、という本来の意味合いが強い。日本だと、入院保障で一日あたりいくら出る、というふうになっていて、そこは公的保険でカバーしてもいい部分じゃないかなというところも、民間の生命保険のほうに入っているんですね

――ご自身も出産を経験したことで、日本の医療出費はさらに強く意識しましたか?

妊娠中に入院したことが1回あって、そのときに同じ部屋にいた妊婦さんのなかには、何ヶ月も入院している人もいたんですよ。ドイツの場合だと28日以上の入院だとお金がかからなくなるし、いろんな薬を処方されても合計額は年収の2%までだし、出費範囲の予想はなんとなくつくんです。

ただ、自分で計算しないといけないからめっちゃめんどくさくて、そこがドイツらしいところなんですけど(笑)。日本だと、そういう場合の入院は高額療養費制度を使うことになるんですか?

――そうですね。それである程度の支払い額がキャップされるんですが、その上限額が先ほどの話にもあったようにそもそも高い。

「高いですよね。しかも、東京で産むと50万円くらいプラスでお金がかかることを考えると、出産は金銭的にめちゃくちゃリスキーで、出費を予想できないのが日本での出産なんだな、と感じてしまいました」

――日本もドイツも社会保障や医療保険制度が社会を統合する役割も担っていることを考えると、排除の方向へは向かってほしくはないですよね。

「今後は、日本もドイツも人口が増えることはないでしょうからね」

――ドイツもやはりそうですか?

ウクライナ難民の人たちも含めて移民の増加で人口は少し増えたんですけど、少子化なので今後は減っていきますよね。でも、人口を維持できないからといって、弱者に全部負担や皺寄せが行くようなシステムに変えるのはおかしいし、それは違うと思うんですよ。だから結局、最初の話に戻ってしまうんですが、みんなが負担を分かち合っているからこそ社会を維持できる、という構造を思い出す必要があるのではないでしょうか

年収600万円でも月5千円が上限となるドイツの医療制度、厚労省が「世界に冠たる」と自画自賛する日本の国民皆保険制度は本当に優秀か?_4
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高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
西村 章
高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
2026年4月17日発売
1,155円円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721407-9


医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。
自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリストは、2024年冬に政府が発表した「改悪」案に不安と憤りをおぼえ、取材を開始する。
疾患当事者や研究者、政治家などの証言が浮き彫りにしたのは、健康に「格差」がある日本社会の現状や、セーフティネットとして十分に機能せず、〈世界に冠たる〉とは到底いえない医療保険制度の姿だった。複雑で入り組んだ高額療養費制度の問題を、一般書として初めて平明かつ多面的に解明する!

◆目次◆
第1章 高額療養費制度とは何か
第2章 part1 政治的・財政的背景から読み解く〈見直し〉案
第2章 part2 患者団体は〈見直し〉案凍結と変更をどう実現させたのか?――天野慎介氏に訊く
第3章  2024・2025年の〈見直し〉案をひもとく――安藤道人氏に訊く
第4章  高額療養費制度に潜む「落とし穴」を検証する――五十嵐 中氏に訊く
第5章 「魔改造」を施された日本の医療保険制度と高額療養費――高久玲音氏に訊く
第6章 part1 司法の視点から高額療養費制度を検証する――齋藤 裕氏に訊く
第6章 part2 立法の視点から高額療養費制度を検証する――中島克仁氏に訊く
第7章 「健康格差」解消のために、どのような医療保険制度を構想すればよいのか?――伊藤ゆり氏に訊く
第8章 大局的な視野から日本の医療保険制度と高額療養費制度を考える――二木 立氏との一問一答

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