なぜかアメリカと比較してしまう日本人
――日本に来たときに3割負担だと知って、「最初はビビった」とおっしゃいましたよね。高額療養費制度があると知ってちょっと安心したということでしたけれども、ドイツと日本のこの制度差では、心の底から安心はできないですね。
安心できると言えるのは、ある程度の高い年収がある人だけだと思うんですよ。そこそこの年収があって、安心感のためにさらに毎月の生命保険を払うことができたり、あるいはもしもの時に備えた充分な蓄えがあるくらい余裕がある人だったら、別にいいんですよ。
でも、そうじゃない人は生命保険を払うのもしんどいし、だからといって上限額が安心できるほど安いのかというと、そんなこともない。だから、結局は不安が残るシステムじゃないかと思うんですよね。自分は今働けていてある程度の収入があると不安はないかもしれないけど、じゃあそれでいいのか?と考えてしまうんですよね。それは私がドイツ人だからなのかもしれないですけれども
――いや、それはドイツ人だからじゃなくて、当たり前の感情だと思います。
だから、これは今日の話の結論になってしまうんですけれども、日本はちょっとアメリカのほうを見すぎなんじゃないかという気がします。自分たちの保険制度をアメリカと比較しているのが、私にはすごく謎なんですよ。
だって、日本の医療保険制度は歴史的にもヨーロッパの保険制度をベースにして成り立ってきたわけですよね。だから、社会保障に対する考え方もヨーロッパ的で、アメリカ型ではなかったと思うんです。アメリカの場合はすべてが自由、すべてが自己責任で、弱者切り捨ての結構不安定なシステムですよね。
ヨーロッパの場合は、自分だけじゃなくて隣の人も障害を持って生まれた人も、皆が国のメンバーで、それで社会が成り立っている。それを守りましょうね、だからみんなで負担をして助け合いましょうね、という考え方がベースにあって保険制度が成り立っている。日本の保険制度もそれと同様の考え方で成り立ってきたと思うんですけど……
――社会保険料を皆が天引きで支払っているのは、要するにそういう意味ですよね。日本の高額療養費制度も昔は全員が一律の負担額でしたが、小泉純一郎内閣の2001年に応能負担の考え方が導入されるようになり、それ以降25年かけて応能負担の比率がどんどん大きくなってきた、というのが現状です。25年ということは、社会人だと40代半ば以下の人たちは応能負担の状態しか知らないので、それが当たり前だと思っているかもしれません。
私も留学で日本の学校に通っていましたが、この国の教育では『自分たちはどういう国や社会でありたいのか』という国家観や社会観のようなものを教えないですよね。それは政治に任せることではなくて、ひとりひとりが考えて話し合いながら決めていくものだろうと思います。
健康保険制度もまったく同じで、この国をどうやって形作っていこうか、という話なんですよね。なのに、政治がそこらへんをさらっと変えて、皆が『そういう事情ならしかたないよね』みたいな感じになってしまうことがすごく不思議です














