携帯と実証主義

宝上 実際に桜丘中学校に見学に行かせていただいた際にも、携帯も持ち込みOKで、それどころか、校内に生徒向けのWi-Fiまでセットされていたのを見て驚きました。

西郷 先ほどの制服の例とも重なるんだけど、生徒は携帯は持って来ていいんだけど、それも段取りが必要で、まずは土曜日だけは持って来ていいから始めた。土曜日は午前中授業だから、放課後携帯を持ってお出かけできるしね。時間はかかるんだよ。携帯を解放するのに2年かけている。

はじめは土曜日だけは持って来ていいとやっていたんだけど、特に大した問題もないし、広げてもいいんじゃないかとなった。それでもやっぱり心配する先生がいる。

だったら、免許制にしようというアイデアが浮かんだ。携帯の使い方という試験を課して、それで80点以上取ったら持って来ていいということにした。あるネットラーニングの会社が大学生向けに開発した「ネットリテラシー」の試験があってね。事情を話したらぜひ使ってくださいと。

大学生レベルの試験だから、みんな必死で勉強するんだけど、なかなか受からないんだ。洒落だよ。分かります? 浴衣の日と同じ。面白いじゃない。子どもたちも面白いし、先生たちも面白い。

ずっと試験に落ちている生徒がいると、「ほら見ろ、勉強しないからだ。ふだんの勉強からしっかりやらないと、こういう時に困る」とか冗談言ったり。やっぱり学校生活を楽しまなきゃ。学校って本当に頭固い人の相手ばかりだけど、それを柔らかくしていく。

「今度、この携帯の試験は全部英語でやることにするから」とか冗談を言うと、子どもたちは「えー!」「嫌だー」と反応するの。楽しいでしょ!

宝上 試験を受けての免許制にして、その後どうなったんですか。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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西郷 そこから半年経った頃には、免許制は廃止して全員OKにした。最後はだって、みんな受かっちゃってさ、試験をやる意味がなくなった。

あと、最初は授業中は必要ないから担任に預けなさいと言っていたんだけど、もう下校の時に返すのが大変でね。実際、保管する責任もあるから、「生徒から預かっていた携帯を壊すと弁償に7万円かかるよ」と先生方に伝えると、「絶対嫌だ。もう授業中も持っていていいことにしよう」ってなった。そういうふうに先生たちと楽しんで、わいわいやっていた。

宝上 職員会議がもうそういう雰囲気なんですね。

西郷 僕はいわゆる職員会議という会議が大嫌いなんだよ。くだらない議論は時間の無駄だし、ただの伝達事項の確認ならパソコンで十分でしょう。ネットが使えればもっと便利で、休暇を取っている先生でも確認できる。

僕は専門が科学だから、実証主義的な傾向が強い。会議で観念論的な議論を聞いていても説得力がないでしょ。声が大きな先生の意見ばっかりが通ったりしていて。

だから実証が必要なの。髪の毛はどんな長さでもどんな色でもいいクラスと、厳しく制限したクラスとで果たして非行の出現率に差異が出るかとか、やったらいいんです。きっと差異がないどころか、頭髪制限があるクラスの方が、非行の出現率が高いなどというデータが普通に出ると思う。

宝上 その実証主義による教育の検証はアメリカで進んでいますね。

西郷 だから、それこそ宝上さんが勤めていらっしゃるのは教育大附属という言わば研究機関なんだから、そういう実証研究をやって欲しいな。

教育大学は何か感覚が違うんだな。僕がある大学の教育学部附属小中学校に行った時も悲惨だった。コンピテンシーとかラーニングコンパスとか、横文字ばっかり言っていて、実証をしないんだ。実践をせずに机上の感覚で終わってしまっているんだ。

構成/木村元彦

公教育をあきらめるな!
西郷孝彦 宝上真弓 木村元彦
公教育をあきらめるな!
2026/3/17
1,133円(税込)
272ページ
ISBN: 978-4087214031

校則や定期テスト、宿題などを廃止して、東京都世田谷区立桜丘中学校を改革した伝説の校長・西郷孝彦。
その存在を知り衝撃を受けた宝上真弓は、すくさま西郷を訪ねる。以前、大阪の公立中学校で教師をし、生徒・学校との関係、教師としてのあり方、そして子育てに苦悩していた経験があったからだ。
生徒を縛りつける理不尽な校則、点数や数字だけで下される評価、意義を見いだせない勉強、その息苦しさからのいじめ・不登校、格差・分断の進む教育の現状…。
厳しさを増す公教育の現場での宝上の悩みは、現代の教師・親の多くが感じているものではないだろうか。この二人の問答を通して、今必要な公教育のあり方を探る。
この二人に加え、松井一郎大阪市長(当時)がコロナ禍に「緊急事態宣言が出されたら大阪市立の全小中学校でオンライン授業を行う」と突然発表したことにただ一人抗議した、大阪市立木川南小学校の元校長・久保敬、『崩壊する日本の公教育』の著者・鈴木大裕、ジャーナリストの木村元彦による大阪の公教育の問題点を追及した特別座談会も収録。

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