学級崩壊への不安

西郷 そう。じゃ、紺でもいいですとなって、それで、その先生がだんだんだんだん変わっていくわけ。それまで生徒を投げ飛ばしちゃうような怖い先生が僕といろいろ話し合っていくうちに、確かに筋が通らない校則があるって、だんだんゆるくなって、最後は、じゃ全部なくしましょうって。実はその怖い先生が校則全部なくすって言い出したんだ。僕が言ったんじゃない。

宝上 その先生、本当にどんなふうに心境が変わっていったんでしょう。だってね、最初は本当にバリバリに管理をしていたのに。

西郷 それね、たまたま僕がその先生のお姉ちゃんや本人を中学生の時から知っているから。そういう関係性があったからだよ。

宝上 信頼関係。

西郷 そう。ずーっと知っているから。さっき話した家庭訪問と同じで、家族ぐるみで知っているんだよ。それでの信頼関係もあった。でも、その先生が偉いのは、校則の代わりに「心得」というものを作ったんだよ。校則は全部なくすけど、この三つは心得として残したいんですって彼が作ってきた。

それが、

1「礼儀を大切にする」、
2「出会いを大切にする」、
3「自分を大切にする」というもの。

宝上 学級崩壊への不安というか。いつか生徒のみんなが言うこと聞いてくれなくなるんじゃないか、それが怖いという話を他の先生方から聞く時があって。私も何かその気持ちは分からんでもないというか、そうやって2年目とかは、どきどきしながらやっていた気がするんです。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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西郷 それ、よくそういう人いるね。子育てでもそう思っている人がいる。自分の子どもを育てていて怖い、いつ不良になっちゃうんじゃないか、いつ何か悪いことするんじゃないかって。同じだろうね。

でも、そもそも自分が子どもだったり、生徒だった時に、先生の言うことを仰ぎ見て聞いた? 僕なんか聞いたこともなかったな。むしろ先生の世話をしてあげなきゃと思っていた。同じように僕が教員になってみたら、僕よりずっと優秀な生徒がいる。頭はいいわ、人格的にも僕より優れている子が。そんな優秀な生徒が僕の言うことを聞くわけない。

宝上 それと通じるんですけど、私、中1から中3までの各担任を初めて持った時に、だんだん、あ、子どものことを頼りにすればいいんだと思うようになったんですよ。子どもたちって助けてくれるんだなと。

私は、やんちゃな子たちを前に基本、日々奮闘をしているんです。クラスの他の子たちはその私の姿ごと見てくれていて、やんちゃな子たちを排除するわけではなく、子ども同士の関係性の中で、結びつき合って、認め合って、結果、クラスでの結びつきによって、私の奮闘が減っていくといった形で。

西郷 僕ね、もう何しろ教室に行くのが楽しくて、言うことを聞くとか、そんなこと考えたこともない。聞かないのが当たり前で、別に聞かなくても子どもたちのいる教室に行く自分が楽しいんだもん。人間なんだから、嫌な人の言うことなんか聞くわけない。自分が楽しいというのが優先で、もうそれだけなんだよ。

宝上 先生、やっぱり自然体なんじゃないですか。

西郷 そうだね。僕は小さい頃は、本を読んだり機械をいじるのが好きで、だいたい一人でいることが多かった。だから人と話をしたり人の面倒を見るとか、そういう経験ってないんだよ。それが教師になってできるようになったのが単純にうれしい。

宝上 特に生徒との関係とかで上手くいかなかったことってありますか。

西郷 気が合わない。理由なく気が合わない。それはあるよ。

宝上 私は何かなせばなるみたいな、どこかで傲慢なところがたぶんあって、生徒全員と対話できるようになりたいと思っていました。

西郷 それは理想だけど、無理だと思う。そこも自然体でいいと思う。

宝上 それは生徒に対してだけでなく、教師同士の関係でも同じような感じですか。職場なんかでどうしても合わないって人間関係があって、人間関係で結構左右されるところがあるじゃないですか。生徒に対していかに自然体でいられるかが大事で、信念を貫いていきたいと思うけれども、それをさせない空気、同調圧力がある。行く手を阻まれる。

そういう人がいた場合に西郷先生はどういうふうにそれに対処されてきたのか、うかがいたいです。

西郷 人間の面白いところだけどさ。評判の悪い先生が異動してきて、僕も最初、「何だいこの先生は!」と思ったりするんだけど、心を割っていろいろ話し合ったり、一緒に仕事している間に、実はすごくいい先生だったというケースがよくあります。逆に最初は、人当たりが良くて、いい先生だと思っていた人が実はとんでもない人だったりする。だから、そこは見た目や前任校の評価だけで決めない。

でもやはり問題があって、とことん話し合って、それでも何も変わらないという人は環境を変えてもらう。具体的な行動としては、僕がもうあきらめた人は異動してもらう。それは僕の教育方針には合わないから。もっと自分に合った場所に移って活躍してくださいという言い方で励ましながら異動してもらう。

構成/木村元彦

公教育をあきらめるな!
西郷孝彦 宝上真弓 木村元彦
公教育をあきらめるな!
2026/3/17
1,133円(税込)
272ページ
ISBN: 978-4087214031

校則や定期テスト、宿題などを廃止して、東京都世田谷区立桜丘中学校を改革した伝説の校長・西郷孝彦。
その存在を知り衝撃を受けた宝上真弓は、すくさま西郷を訪ねる。以前、大阪の公立中学校で教師をし、生徒・学校との関係、教師としてのあり方、そして子育てに苦悩していた経験があったからだ。
生徒を縛りつける理不尽な校則、点数や数字だけで下される評価、意義を見いだせない勉強、その息苦しさからのいじめ・不登校、格差・分断の進む教育の現状…。
厳しさを増す公教育の現場での宝上の悩みは、現代の教師・親の多くが感じているものではないだろうか。この二人の問答を通して、今必要な公教育のあり方を探る。
この二人に加え、松井一郎大阪市長(当時)がコロナ禍に「緊急事態宣言が出されたら大阪市立の全小中学校でオンライン授業を行う」と突然発表したことにただ一人抗議した、大阪市立木川南小学校の元校長・久保敬、『崩壊する日本の公教育』の著者・鈴木大裕、ジャーナリストの木村元彦による大阪の公教育の問題点を追及した特別座談会も収録。

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