ノンフクションにできること
須賀川 アフガニスタンにカメラを持って取材に行くと、タリバンも警戒しますよね、もちろん。だから許可証取りはたいへんで、1日、2日かかったんですけど、待っている間に花壇の横に座っていたら、市民の人に声をかけられるんです。「日本人か」と聞かれて、そうだと答えたら、本当に2言目に「ナカムラ!」って言うんです。「自分の息子にナカムラという名前をつけた」と言う人もいました。それでみんな、「ありがとう」と言ってくるんです。
山岡 私もアフガニスタンに取材に行った時、シェイワ郡というところの郡長さんにあいさつに行ったら、「カカムラ(中村の現地での愛称)の取材か」と迎えてくれて、なにかサインした紙を持ってきてね。「もしこの周辺で取材をしていて、止められたり、ひどい状況に置かれるようなことがあったら、24時間いつでも、私の携帯番号に電話しなさい。われわれがすべて解決する、州を越えて移動してもいいぞ」と言われました。
須賀川 おお、すごい! もはや中村パスですね。
山岡 中村さんはアフガニスタンの地でそれほどの信頼関係を築いていた、ということですね。長い間現地で活動してこられて、庶民の感覚というものを実体験から取り入れられたのではないでしょうか。庶民というのは政体がどう変わろうが、そこに対応して、生き抜かなきゃいけない。中村哲が伝えたかったことのひとつはそれなのかなと感じます。
須賀川 めちゃくちゃわかります。その点で中村先生はすごく一貫していたと思います。
これは半ば自戒を込めて言うのですが、いまのニュースの報じ方や消費のされ方を見ていると、地政学的なものがひとり歩きしているように思います。つまり、国と国とのパワーバランスだとか、資源の有無だとか、指導者の言葉だとか、それが政治を動かし、現実をつくっていくというような見方が。
もちろんそれはそれで大事なことですが、例えばイランの話、ベネズエラの話になった時に「じゃあ原油はどうなるのか」「トランプの狙いはどうなんだ」「中国の思惑は」とか語るばかりになっちゃってるんですね。大きな言葉ばかりがとびかう空中戦になっちゃって、いちばん肝心な、その下で人が死んでいるんですよっていうところが抜けてしまいがちな世の中になっている気がしてなりません。
山岡 単純に語ろうとしすぎですよね。
須賀川 そういう時代だからこそ、山岡さんが中村先生を書かれたように、多くの証言を集めてひとりの輪郭をつくる作業が大事なんだと思います。ノンフィクションはこれからますます必要になり、価値が上がりますよ。要はネット空間にない情報を取ってくるのが記者の仕事であり、ノンフィクションにできることなので。
山岡 ありがとうございます。須賀川さんからの𠮟咤激励と受けとめます(笑)。
須賀川 いえいえ、書いてくださって本当にありがとうございます。
※『kotoba』2026年春号より転載
構成/前川仁之 撮影/松田嵩範















