安倍系官邸官僚への依存構造
日本初の女性総理大臣の誕生した昨年10月から3月までの高市政権の半年間、政界では歴史に残る大きな出来事が目まぐるしく起きた。もっとも高市政権の生みの親である自民党副総裁の麻生太郎をはじめ、麻生派の幹部や旧来の実力者が機能してきたとは言い難い。それは内閣や与党自民党の幹部の顔ぶれを見ると一目瞭然といえる。
党を取り仕切る幹事長には麻生派ナンバー2の鈴木俊一が就き、旧安倍派五人衆の萩生田光一が幹事長代理となる。外務大臣に茂木派の茂木敏充、総務大臣に旧岸田派の林芳正、防衛大臣に人気者の小泉進次郎を配した。
一見すると党の重鎮を満遍なく起用しているように思えるが、高市政権でクローズアップされるのは官房長官の木原稔や財務大臣の片山さつき、政務担当の官房副長官である尾崎正直(衆院)、佐藤啓(参院)といったところだ。
他方、安倍晋三政権に憧れる高市政権では、霞が関出身の官邸官僚の姿がちらついてきた。政権発足時には、飯田祐二元経産事務次官と自民党職員の橘高志の二人を政務秘書官に据えた人事が話題になった。
政務秘書官は財務、外務、経産、防衛、警察、総務といった主要な中央官庁から派遣される6~8人の事務担当首相秘書官の束ね役に位置づけられる。首席秘書官とも呼ばれ、内閣のあらゆる政策に携わり、首相のプライベートまで管理する。
これまでは金庫番と称する信頼のおける秘書が政治家の事務所から派遣されるケースがほとんどだったが、第二次安倍政権の今井尚哉以降、政策に通じる霞が関の高級官僚がその地位に就くことが増えた。いわゆる官邸官僚だ。元官邸官僚に高市内閣の人事について聞くと、次のように説明してくれた。
「安倍総理の後継者を自認する高市総理はその実、霞が関事情に疎い。それでかつて安倍政権を支えた今井さんをはじめとした官邸官僚を頼った。高市総理に飯田さんの起用を薦めたのが、第二次安倍政権で政務秘書官と首相補佐官を兼務した総理の腹心、今井さんだといわれています。
今井さん自身、高市総理から首相秘書官を束ねる政務秘書官ポストを打診されたけれど、米投資コンサルであるカーライルの日本法人で役員をしてきた関係もあり、さすがに政務秘書官が外国の投資会社と近いのではまずいので断ったみたいです」
自民党職員である橘が首相の政務秘書官に起用された理由について触れれば、高市が自由民主党政務調査会長のとき政務調査会長室長だったからだといわれる。橘は党本部総務局事務部長代行などを歴任しているが、政治家の事務所出身でもない党職員の抜擢は異例中の異例で、これも永田町で物議を醸した。
「これらは高市総理の周囲に頼れる人物がいないことの裏返しでしょう。高市事務所には実弟の秘書官がおり、文字通り公私ともに彼女のことを知っているけれど、政策面でサポートできるわけもない。だから政務調査会長時代に世話になった橘氏を引き上げた、というのが表向きの理由です。
しかし、それだけでもないでしょう。1日2箱の紙たばこを吸う高市総理の煙仲間が橘氏で、政調会長時代からたばこを吸いながら相談をしてきた間柄です。首相になってからも首相執務室に出入りできる数少ない秘書官で、二人でたばこを吸うのが楽しみだったようです」(同・官邸官僚)
首相や秘書官が勤務する首相官邸の5階には、秘書官のいる部屋の奥に首相の執務室があり、ふだん高市はそこにいる。最近の首相の多くはたばこを吸わないが、高市はヘビースモーカーで知られる。そのため首相執務室は喫煙部屋と化している。
政務秘書官である橘はそこでたばこを吸いながら公務のスケジュール調整などをおこなってきた。いわば気の許せる数少ない秘書官であり、執務室にも出入りできた一人である。だが総選挙後の3月2日に党に戻り、代わって内閣官房参事官の松井正幸が新たに首相秘書官に起用された。
首相の執務室は秘書官室の奥にあり、大きなデスクと応接セットが置かれている。歴代の首相はソファーで各省庁から派遣されている事務担当の秘書官や幹部たちから政策の説明を受けてきた。もっとも彼女の場合は、資料を受け取るだけでほとんど説明を受け付けず、国会答弁の一問一答などについては、そこに独自で赤字を入れるだけだという。
ちなみに現在の首相執務室に自由に出入りできるのは、もう一人の政務秘書官である飯田だけで、他の事務担当秘書官たちは首相のお呼びがかからなければ部屋に入ることを許されないのだそうだ。なぜ飯田が高市の信頼を勝ち得ているかといえば、それは安倍の腹心だった今井の推薦だからだという。
その今井は高市政権で内閣官房参与に就き、高市に細かいアドバイスをしている。民間企業でいうところの顧問格である内閣参与には、官邸内に個室が与えられて報酬も出るが、政策面にかかわる秘書官とは性質が異なる。複数いる参与は政権に対する存在感に濃淡があり、高市にとって今井は無視できない存在といえる。高市自身が今井からアドバイスを受ける場面が少なくないという。
政権発足時に内閣広報官に就いた佐伯耕三なども、今井の声がかかったからだとされる。佐伯はもともと今井の経産省時代の後輩にあたり、今井が第二次安倍政権下でスピーチライターとして経産省から引っ張り上げ、首相の秘書官補として起用した。新型コロナウイルスが蔓延した2020年春にアベノマスクを考案したはいいが、いたく評判が悪かった。
このほか高市政権における官邸の官僚人事では、霞が関の最高峰と称される官房副長官ポストも注目された。事務担当の官房副長官は、戦前、戦中に存在した内閣書記官長の後継ポストにあたる。旧内務省の出身者が占めていた歴史的な背景があり、警察庁、旧自治省(現総務省)、旧厚生省(現厚労省)で次官級だった高級官僚がそこに任命されてきた。
事務担当の官房副長官は各省庁の幹部を束ね、政務秘書官とともに政権の中枢を担うだけに、その人事にはときの首相の意向が色濃く反映される。先の石破茂政権では官房副長官に元総務官僚の佐藤文俊、政務秘書官には元防衛官僚の槌道明宏と石破事務所の吉村麻央という布陣で臨んだ。
吉村はもとより、地方創生大臣や防衛庁長官を歴任してきた石破にとって、佐藤や槌道も旧知の間柄であり、石破にとっては心やすかったのであろう。
半面、高市政権におけるそうした重要ポスト人事は首相の影響を感じない。
警察庁長官を務めた露木康浩が官房副長官に起用されたのは、前任の栗生俊一の後継指名によるものだとされる。それ自体は珍しくはなく、元警察庁長官の栗生自身もまたさらに前の杉田和博の後継者といわれる。3代続いて警察庁出身で、杉田だけが元警備局長、内閣情報調査室長だ。
だが、高市内閣では政権の要である露木官房副長官の影が薄い。もともと高市はなぜ露木を官房副長官に据えたのか。それ自体、不思議だった。
そもそも高市自身の霞が関人脈はさして広くなく、国会議員のお友達も少ない。前述した政務の官房副長官を拝命した佐藤は、2015年11月に総務省を退職した自治省系の元総務官僚だ。2014年9月から17年6月まで第二次安倍政権下で総務大臣を務めてきた高市との縁もある。むしろ稀有なお友達議員といえる。
当の佐藤本人は総務省を退官後、自民党奈良県連の推薦を得て翌16年7月の参院選に立候補した。言うまでもなく奈良県は高市の地元(選挙区は奈良2区)であり、22年7月に安倍が命を落とした地となった。
奇しくも安倍はこの年の参院選で佐藤の応援に駆けつけ、そこで凶弾に倒れた。暗殺の背景として、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)による霊感商法の被害が取り沙汰されたのは、誰もが知っている。佐藤はまさに統一教会から支援を受けてきたとして今年3月16日の参院予算委員会で立憲民主党の蓮舫から追及された。
そこでは、銃撃当日に統一教会の参院選奈良選挙区「応援集会」に、妻が出席していた事実を答弁した。殺人罪に問われた山上徹也の公判にも証人出廷している。佐藤と統一教会の関係を暴いた「TM(トゥルーマザー)特別報告」なる内部文書には高市もたびたび登場し、高市自身も国会で追及された。統一教会が安倍、高市、佐藤のトライアングルの接着剤になっていた疑いはかなり濃い。
そんな高市が露木を官房副長官に起用した理由は、別のところにあるようだ。そこには安倍とその政権づくりに力を貸してきた黒幕の影がちらつく。
もともと高市が初めて出馬した2021年9月の自民党総裁選には、安倍からの強い推薦があったとされる。このときは菅義偉の首相退陣に伴う選挙で、岸田文雄、河野太郎、高市早苗、野田聖子の4人が立候補した。下馬評では岸田が本命、対抗が河野で、高市や野田は泡沫と見られたが、高市が意外に健闘している。
このときの総裁選もまた決選投票にもつれ込んだ。1回目の投票では、高市が岸田の256票、河野の255票についで188票を獲得し、3位に滑り込んでいる。永田町では188票のうち安倍派を中心とした議員票が114まで伸びたことがその大きな理由とされた。
だがその実、高市は74の党員票も得ている。同じ女性候補で高市より人気が高いとされた野田の29票と比べても、その差が大きい。高市の総裁選初出馬では、党員票が彼女を3番手に押し上げたと見ることもできるのである。
すでにこのときから前回で分析した自民党員の変質が芽生えているといっていいかもしれない。党員の獲得ランキングではここから4年連続で青山繁晴、高市早苗がワン、ツーを占めている。













