容赦なく捨てられた老臣

佐久間信盛父子に続いて筆頭家老の林秀貞も、25年近く前に造反したことを理由に織田信長から所領を奪われ、追放された。

石山本願寺が陥落して畿内が平定され、「狡兎死して走狗烹らる」の故事のごとく、利用価値のなくなった老臣たちは、容赦なく捨て去られたのである。

この過酷な処分の背景には、信長の政策の変更もあったようだ。ちょうどこの時期から、信長は一門衆や側近を畿内近国に配置し、柴田勝家、羽柴秀吉などを敵地に隣接する遠地に移封している。使える重臣は最前線で戦わせ、いらない重臣は切り捨てようとしたのかもしれない。

信長は天正10年(1582)3月に武田氏を滅亡させたが、伊勢(現在の三重県)の滝川一益も上野の厩橋城(前橋市)に入れている。そして2カ月後、明智光秀は秀吉の中国平定の援軍を命じられたが、このおり「中国地方はお前の切り取り次第(攻め取った土地を自身の領地にすること)なので、元の領地である丹波国(現在の京都府中部、兵庫県北東部)と近江国(現在の滋賀県)の一部は没収する」と、信長から伝えられたという説がある。

これが超合理主義者の信長のやり方であり、そのため、失領のショックを受けた光秀によって信長は謀殺されたのかもしれない。あくまで想像だが……。

JR岐阜駅にある織田信長像(写真/shutterstock)
JR岐阜駅にある織田信長像(写真/shutterstock)
すべての画像を見る
戦国武将は戦がないとき、何をしていたのか
河合敦
戦国武将は戦がないとき、何をしていたのか
2026/2/12
1,078円(税込)
254ページ
ISBN: 978-4591188477

戦うだけが仕事じゃない! 
戦国武将も、現代人と同じ悩みを抱えていた。武田信玄は浮気を弁解、織田信長は正倉院の宝物である香木を切り取り、伊達政宗は恋に泣き、高山右近は地位よりも信仰を優先し、茶の湯で政治を操り、南蛮料理に夢中になり、人身売買で財力を築く。戦場以上に熱い、濃厚なドラマを暴く。

・伊達政宗は教育パパ
・武田信玄、浮気を弁解する
・部下にやる気を出させる加藤清正の采配
・君主から転職の邪魔をされる
・織田信長と森蘭丸の性愛関係は嘘
・イルカ・猿・熊・狸など、新しい食べ物に飛びつく
など、戦国武将の仕事からオフタイムまで、知られざる素顔をのぞく!

amazon