善意が引き金になった、いじめの始まり
止まっていた時計の針が動き出したのは、事件から10年以上が経った2022年末のことだ。鳥栖市教育委員会は和威さんからの申し入れを受け、ようやく事件を「いじめ重大事態」と認定。第三者委員会による調査結果が、今月26日にも和威さんに手渡される予定だ。
集英社オンラインではこれに先立ち、和威さんに独占インタビューを行なった。壮絶ないじめの記憶、そして今も残る心の傷について、3時間にわたり語ってもらった。
「あの時は、毎日が地獄でした」
和威さんは、いじめを受けていた約半年間の日々をそう振り返る。
小学生時代はよく笑い、活発で、勉強にもスポーツにも前向きだったという和威さん。和威さんによると、加害者たちからいじめのターゲットとして目をつけられたのは、中学校入学を控えた春休みに起こった「ある事件」がきっかけだったという。
「その日、サッカーをしようとグラウンドに向かっていると、小学校の同級生のA君が3歳の幼い女の子にエアガンを向けているところに遭遇しました。
僕は注意し、止めようとしたのですが、A君は撃つのをやめなかった。女の子は泣き出し、耳をつんざくような悲鳴が響きました。
駆けつけた女の子のお母さんに起こったことを説明すると、A君は僕に向かって一言、『いい人ぶりやがって』と。後から知ったことですが、A君はこのことで小学校から呼び出され、女の子の家に親御さんと謝罪に行ったそうです」
和威さんがAと再会したのは、中学校の入学式のことだ。同じクラスに振り分けられ、クラスメイトとなったAが和威さんに向けたのは、激しい敵意と暴力だった。
「A君は僕に『お前、チクリやがったな』と言って、突然、太ももを蹴るといった暴行を加えてきました。それまで人から暴力を受けたことなどなかったので戸惑うと同時に、エアガンで撃たれていた女の子の悲鳴を思い出し、僕も同じ目に遭うのではと恐怖に駆られました。
実際にそれ以降、A君は連日、僕にエアガンを向け、『金を持ってこい』などと脅迫するようになりました」













